頭はクワン様の玉座: タイ人の頭概念

桑原政則       

(桑原政則「タイ人の頭概念」『東南アジアの民族と言語文化』穂高書店、1989年を改稿)

英語の“I”、“you”は、純然たる代名詞

英語、ドイツ語、フランス語などの印欧諸語の人称代名詞、たとえば「私」を意味するT(英)、Icb(独)、Je(仏)などは遡及(そきゅう)しうる限り、2000年でも3000年でも同一の言語形式を用い続けてきており、しかもそれらは当初より純然たる人称代名詞であった。

タイ語、日本語の代名詞はもとは実質語

ところがタイ語の人称代名詞は、日本語と同じく実質語から転用されたもので、自称詞は時の経過に従い卑下から尊大へと水準転移し続けている。

ここで「実質語」とは、「僕」がslave(奴隷)、「お前」がyonder(かなた)というように、本来は別の品詞だったもののことで、これらが日本語では、第一人称は常に卑下から尊大化する。第二人称は、畏敬→尊敬→親愛→なれなれしさ→軽侮というふうに下落する傾向を示す。

1人称は尊大化する

日本語の「僕」」は「しもべ」という意味であり、かつてはへり下ったことばであったが、どんどん上昇して尊大になってきており、今では目上に対して使用をはばかる自称詞となっている。タイ語の自称詞 カーも、奇しくも、もともとは「奴隷」という意味であり、日本語と同様に上昇が激しく今では目上に対して用いられない。

2人称は蔑称化する

自称詞とは逆に、youを意味する対称詞は尊称から蔑称への下向運動を日本語、タイ語の両語で常におこなっている。したがって、かつては相手に対する尊称であった「お前」、あるいはタイ語のムンは、今では目下に対して用いる卑語蔑称である。

このように日本語やタイ語の人称代名詞は、もともと他に意味をもつ実質語から転用したものであるだけに、語由体に価値感を伴っており、使用するにつれ、すりへっていく傾向がある。


1人称     ↑   尊大化
2人称  ↓ 蔑称化

ユーフェミズム

これは「便所」が本来のイメージを失い「手洗い」にかわられ、また「手洗い」が「トイレ」にとってかわられたのと同じ現象である。つまり、便所は不浄の場のイメージが強いので、「便所」ということばは、露わにロにすると不快な感じを与える。そこでeuphemism(ユーフェミズム、碗曲語法)により「手洗い」といった婉曲語を起用するわけだが.それとてながい間使っているうちに、本来のユーフェミズムの機能を失い、そこでさらに別の表現を求めて行くわけである。

敬語はタブー語

日本語やタイ語の敬語表現も、トイレと同じく、一種のタブー語(あからさまに対象をさすような表現を使ってはならない語)である。これは相手に対する恐怖心に由来する。相手と直接対決する恐怖からさけるために、ユーフェミズムにより、相手を高く上げ、回りくどい表現によって遠ざけ、自分を低く低くおとしめることによって相手から遠ざけるわけである。

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タイ語の自称詞クーは、かつては普通称

ところで、現代タイ語の自称詞クーは、目上が目下に対して用いる尊大称〈おれ)であるが、この語も自称詞の水準上昇の法則にもれず、かつては普通称(私)であった。このことはラーマカムへン王碑文(1292年)で、ラーマカムへン大王が自分をクーと呼んでいることから明らかである。あるいはまた『華夷訳語暹羅館雑事(かいやくご せんらかん ざつじ)』(1579年)に「我=クー」と記載されていることからもわかる。

クーの卑称、普通称から尊大称への上昇運動はタイ国タイ語においていちじるしく、タイ語以外で話されるタイ諸語(シャン語、カームティ語、アーホム語、黒タイ語、トー語、ディオイ語、竜州土語、プーイ語、僮語)では、クーは依然普通称として採集記録されている。

ポムがクーを代替

それでは、タイ国タイ語において、<私>から<おれ>に尊大化してしまったクーにかわって登場してきた男性自称詞は何かといえば、それはポムである。ポムの出現はそれほど古い時代のことではない。バレゴワ師の Grammatica Lingua Thai(1850)には付随的に略述されているにせよ、それより後年発刊のブラッドレー師のDictionary of the Siamese Langage(1873)では、ポムに(私)の意味をまだ付与していない。

ポムは、もともと“髪の毛”

このようにポムの代名詞への拡大転移が、言語学的には最近のことであるにもかかわらず、不思議なことにそれが「髪の毛」という意味から派生したことを意識するタイ人はいない。実際どの辞書をみても、<私>のポムと<髪の毛>のポムを同音異義語として扱っている。両者において意義の懸隔がはなはだしすぎるからであろう。

ポムの転用

ポムは、もともと今では古語的となったクラウ・カポム(わが束髪)に由来すると思われる。このクラウ・カポムはタイ・タウ(あなたの足下)と対概念をなす。つまり、タイには五体投地礼というものがあるが、いやしき自分の五体を投地して、尊き相手の足下にひれふすごとく、あなたを高くうやまい、私を低くいやしむといった心理現象に由来する。自己の最高部位にあたるクラウ・カポム(わが束髪)と相手の最低部位にあたるタイ・タウ(あなたの足下)を等価におくことにより、それぞれ「卑しき私」、「貴きあなた」の意味に転用したのであろう。

王族には宮廷語を

タイ語では、王族に対しては現在でも宮廷語を用いるが、国王に対する呼びかけはタイ・ファー・ラォーン・ツリー・プラバート(かしこき御み足下の塵挨=じんあい)と表現される。足どころではなく、足下のチリと自己を等置するわけである。偶然のことながら、日本語でも「足下(そっか)」は対称詞として使用される。

タイ国王の正式名は、プラバート・ソムデット・プラチャオ・ユー・ホアであるが、直訳すれば「我等が頭上にまします全智全能のかしこきおみ足」となる。これもポムと同様に自己の身体の最高部位を対象の最下部に対置することでもって、王に対する最高最大の尊称としているわけである。なお国王の俗称はナイ・ルアン(王宮のお万)である。最愛の者、恋人をツーン・ホア(わがこうべに載きし老)と表現するのも、このたぐいである。

頭を尊ぶタイ人

以上から、タイ人がいかに頭を由己の最高最重要部位として意識しているかが看取されるであろう。語彙の上からもそれはいえる。ポムと呼べるのは、人間の頭の毛のみであって、他の身体器官の毛や動物の毛はコンであらわされる。さらに、毛を洗う場合でも、頭の毛を洗う場合のみはサッという特殊用語を用い、他の物を洗うラーンと区別した表現形式をとる。

頭=上

毎年王室一家はチエラロンコーン大学でコンサートをもよおすが、1972年のコンサート時には講堂2階に陣どった学生聴衆は、係官により階下に移動させられた。(我等が頭上にまします全智全能の高貴なるおみ足)の国王より、我等の方が上方にあることは論理的矛盾というわけであろう。

屈身低頭は尊敬の意

さらに、伝統的タイ社会では、親は階上に寝る。会合時などに、プー・ヤイ(人・大→えらい人)の前を通るときは、屈身低頭せねばならず、反した場合にはカーム・ナー(顔を横切る)であるとして、非難の対象となる。またワイ(タイ式のおじぎ)の際にも尊敬の意を表わそうとすればするほど、身をかがめるわけであるが、これもすべて頭を尊しとする社会慣習に由来する。

人前を横切らない

今では、かなり少なくなったが、ゴルフ場においてタイの新米キャディーがプレーヤーの先を歩きたがらないのも、カーム・ナー(頭を横切る)を本能的に恐れるからである。ふつうプー・ヤイ(えらい人)と歩くときには、カーム・ナー(頭を横切る)をさけるために、タイ人はプー・ヤイ(えらい人)の左後方にしたがう。右ではなく左なのは、タイ社会では左の方が右より卑しいからである。なお、ムー・クワー(手・右=右手)とは、日本語の「右腕=信頼できる部下」にあたる。

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頭はクワンの座

頭とは高き存在ゆえに尊いわけであるが、さらにそれ由体が聖なるものである。すなわち頭とは、タイ人にとってクワン(魂)の宿り給う聖の座なのである。クワンが頭中に鎮座まします限りは、人は健康にめぐまれ、活力に富み、また幸福なのである。

クワンは、多感

しかし、厄介なことには、このクワン(魂)は思春期の乙女の如く感じやすく移り気な実在で、由分の主人が驚いたり、失望したり、無礼な振舞いにあうと、ただちにつむじを通って体外へ遁走してしまう。人のつむじには毛がないが、これはクワンの出入口だからである。なお、つむじがこつある老はプレイボーイだとの言い伝えがある。

この養いがたき多感なクワンは、誰かがわが主人の頭にふれただけであわてふためく。たとえ、ある幼児をかわいいと思って頭をなでるだけでも結果は同然で、その子供が尊敬しているプー・ヤイ(えらい人)でない限り、クワンは敏感反応する。触れた者が女性で、さらに左手であった場合、最も侮辱を感じる。

クワンへの配慮

タイ人が特に女性の干し物の下をくぐらないのも、逆に枕を大事にするのも(日本人はよく枕を足でさわったり、けったりするがタイ人は決してしない)、すべてクワンに対する配慮からである(タイでは、女佐は僧侶になれないとか、またこのような制度化された女性蔑視があるが、実際には女性の地位は強い)。

他人の髪についているほこりをとる時でさえ、タイ人は当人に一言わびてからでないと、その動作にうつらない。日本のぶったたき漫才は、タイ人には考えびもつかない蛮行とうつるであろう。

クワンがいなくなると病気に

ところで、クワンが体外に逃亡し、大気中を逍遥している間、人は元気がなくなる。悪運、病気に見舞われるのもこの時である。このような際には、われわれはクワンが平静になりふたたびもどってくるのを坐してまつか、儀式などによりなだめすかして連れ戻すしかない。

贈り物=コーン・クワン

贈り物のことをコーン・クワン(物・クワン=クワンにささげた物)というのは、このクワン召還の祈願式のあとに、くばられた物に由来する。あまりに長くクワンが体内にもどらないと、当人は死に至ることもある。赤ん坊が泣き叫ぶのもクワンに原因があると考えられ、このさいには、「クワンよ、再び体内にもどり給え」と祈る。出征兵士に僧が聖水をかけるのも、実は仏教本釆のものではなく、クワンに対する鼓舞激励、悪運厄除のためである。

チャイ・ジェン=冷静な心

タイ人の尊ぶ資質の一つにチャイ・ジェン(冷静な心)というのがあるが、これも眠っている感じやすきクワンを意識してのことであろう。チャイは「心」、ジェンは「涼しい、冷たい」という意味である。

上流階級の食事風景は、通夜のよう

人はすべからく僧侶のごとく感情をおさえた平静心をもたねばならず、大声で叫んだり、笑ったりしてはならない。奇声蛮声、カカ大笑は、クワン逃亡の原因となる。タイ人上流階級の食事風景は、通夜のように静かである。ゴルフ場のキャディーが、たとえボールが危険な方向にとんでいっても注意信号「フォー」を大声で送らないので、訓練のなさをよく慨嘆する日本人がいるが、真因はこんなところにあるのである。

「象のようにゆったり」

タイ人は、クワンのことをおもんばかって、立居振舞にしても一部の外国人のように、せかせかちょろちょろ歩くのは、よしとしない。タイ人は幼児の時から、「馬のようにせかせか歩くな、象のようにゆったりと歩きなさい」と教えられる。まことにタイ人にとって、その日を平穏無事にすごすことが、ユー・ジェン・ペン・スック(有・冷・在・幸=涼しく幸せなこと、安穏幸福)なのである。

「がんばれ」=チャイ・ジェン

タイは人口の割にまだ大学の数が少なく、概略毎年5万人の受験者のうち一万人のみが栄冠を獲得できるのであるが、その合格発表会場においてさえ、ほほえみは見られても、喜びや失望のざわめきや大声は聞かれない。競技会などにおいて「がんばれ」にあたるタイ語の声援は、日本人には思いおよびもつかないだろうが、なんとチャイ・ジェン(心静かに)なのである。

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足は卑しいもの

頭を高きもの、尊きものとする思想は、当然ながら頭から最もへだたっており、また身体の最下位にある足を、低いもの、卑しいものとしてしりぞける。タイ語では「足」をその昔ティーンといっていたが、このいやしき語はさらに転落し、いまでは人間の足には使われず「動物の足」を意味するようになった。今では人間の足には、タウというバーリ語起源の語を採用されている。

このように、タイ社会にあっては、足というものは下賎なるゆえ、足を使って何かをすることは、タブーである。近隣のあるインド人の家庭でいくら相応の給料でメイドをむかえても、彼女らが日ならずして、次々とやめていくという光景を実見したことがある。カースト制度を背景にしたその家庭では、子供までが、メイドさんに何かを足で指図することがあり、タイ人の役女らには耐えがたまかったのである。

脚を組まない

足に関してさらに言及するならば、タイではドアや冷蔵庫を足で開閉する伝統的風習はない。プー・ヤイ(えらい人)の前で脚を組むのも無礼である。足が高くなり、また場合によっては、爪先で人を指してしまうからである。また一般にタイ人は、土足で他人の家にあがったりしない。農村に行くと、階段のあがりがまちに足洗いが備えてある。ふだんチェイ・ジェン(冷静)をむねとするタイ人が・ボクシング・フットボールの試合になると興奮をむきだしにするのも、足で頭をけったり、頭を使ってボールを送ることに、逆に嗜虐性を感じるからであろうか。(これは考えすぎのようである。)

頭を踏みつけることは、最大の侮辱行為

カトゥープ(踏みつける)、ジャップ・ポア(踏・頭=頭を踏みつける)という表現は、相手を最大限に侮辱するときに使用される罵言である。1975年5月、タイの学生大衆はアメリカのマヤゲース事件に対する抗義集会をアメリカ大使館で開催した。『BangkokPost』紙(1975年5月18日)は次のように報じた。

「参加学生の多くは比較的静穏であったが、反米演説は数時間にもわたってもよおされた。高さ10フィートのアンクルサムの偶像は、大使館の正面鉄門前に引き出された。デモ隊の到着前に来ていた学生は、壁にビラをはりつけた。さらに彼らは、大使館の正門扉に埋めこんである金属製合衆国国章の鷲の顔面にぴったりと草履の裏をはりつけた。現場にいあわせた外国人が、この行為の重大性を理解しえたかどうかは疑わしい。しかし、タイ社会の伝統にしたがえば、このこと(桑原注…草履で相手の顔をふみつけること)は、人間が人間になしうる最大の侮辱行為である。」 

さらに、その後デモ隊は、星条旗に土足の足形をつけたり、それを足で踏みつける儀式をおこなったが、新聞報道のごとく、この行為を真に理解しえたアメリカ人は少なかった。当のアンクル・サムの偶像を焼かれたこと、国旗に放尿されたことを冒涜行為と訴える米人投書者(同紙6月18日)の意見が、おおかたの反応を代表したのではなかろうか。(実行行為者のタイ人たちは、もちろんこの最大の侮辱行為を自認しており、異様に興奮し、死をも覚悟のようすであった)。

これが逆に、タイ人が国王の肖像、または国旗に対してアメリカ人に足を踏みつけられるような同様の事態に遭遇したら、平素いかに冷静沈着なるタイ人インテリとて黙過座視することは、断じてありえず、国全体がただちにアモク(amok=暴れ狂い)化することは確実である。

戦前の日本社会に類似

以上、「頭」を中心にタイ人の社会慣習についてながめてきたわけであるが、タイ人の頭概念といい、国王概念といい、あるいは対人関係といい、これらは日本人が戦後喪失、あるいは積極的に遺棄してきたものであり、約言すれば、タイ現代社会の慣習は、日本の戦前の社会のそれに類似していることに気がつかれるであろう。

「ご真影を敬いたてまつる」、「三尺さがって師の影を踏まず」、あるいは「上司の前では脚を組まない」、これらは戦前日本の常識であった。筆者も中学時代、校長先生を二階からじっとながめて、譴責されたことがあった。

今の日本の青年は、いざ知らず、タイなどの東南アジアのノッポが猫背であるのは、栄養学的原因と共に、常に頭を低くする挙措動作を幼いうちからしつけられていることにも一因があろう。 

また、本稿ではふれなかったが、「敷居を踏んではいけない」とか、「コップー称の水でも上司に手づからわたすのは失礼だ」といったしきたりもこの社会にはある。しかしながら、いかに類似しているとはいえ、極端なるはてはめ、ひき写しはかえって危険であることはいうをまたない。同じタブーでも意味が違い根が異なる場合が多々あるからである。

さらに、現代日本が封建社会の遣物として葬り去ったものを、タイ社会が保持しているからといって、それに否定的態度をとることは一考を要する。一つの社会は自立的内在的原理により運営されているものであり、社会のそれぞれの事象は、他の要素との関係で存在しているのであるから、機械の部品の交換のようには簡単に取りかえることはできない。

 

タイの価値体系を積極的に学ぶ必要

最後に、本稿で論じてきたことは、タイ社会の伝統的観念であり、これらのなかにはすでに若い層の間で喪失、無視、軽視されているものもある。しかし、それらとて個人が歴史的伝統的存在である社会をはなれてありえない以上、個人の意識行為のなかに、それが意識下においてであれ、何らかの形で保持されており、したがって社会生活や対人関係の内在原理、行動規範になっていることは、言うをまたない。そして、これらの行動規範、価値体系には、彼我に優劣のないことを忘れてはならない。そればかりでなく、タイ理解のためには、タイの価値体系を積極的に学ぶ必要がある。