仏教を歩くページです。
仏教を歩く
まとめ 桑原政則 |
仏教(Buddhism)とは、仏の教え |
《A》 戒名 |
仏教の中心は空(くう) |
この世のすべてのものは、時とともに変化する。自分の心も、人の心も、人間関係も、経済も、政治も、何もかもが変わって行く。絶対に変わらないものは、この世にない。地球も50億年前に生まれ、20億年後には死滅してしまう。人類も500万年前に生まれ、200万年後いやもっとはるかに早く絶滅する。これを「□即是空」という。□とは、色のあるもの、つまり物のことである。 ところで、人はいつもどこかに不満や不安や悩みをもっている。それは欲があり、ものごとにこだわりがあるからだ。しかし、よく考えてみると、この世のすべてのものは、うつろい行くのだから、また自分の心も変わって行くのだから、あまりものごとにこだわったり、欲深くなったりするのはやめよう。おもったとおりにいかなくても、こだわらないでおこう。 計画を立て、やるだけやって、しかも結果が悪い時こそ、こだわりを捨てよう。頭をやわらかくして、心を空にして、また別の人生を淡々と生きよう。これが、「空」である。 →般若心経のページ |
釈迦の誕生 @ |
16歳で結婚し、2,3人の妻をもった。これは当時では当たり前のことであった。29歳の時子供ができたが、釈迦は、妃と子供を残して、城を後にした。出家修行するためであった。父王や民衆の期待、妻や子供の愛を裏切ることであるので、長い間思い悩み、葛藤したうえでの決断であったであろう。また、きのうまで王子だった人間が、林や道端で修行をし、ものを乞う生活へ変わるのだから、さぞ大変であったろう。 |
釈迦の瞑想 A |
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釈迦は、習練によって、瞑想による悟りの静けさを得ることができた。 しかし、瞑想をやめて、いつもの生活に戻ると、また日頃の不安や悩みが心にわいてきてしまう。これでは、本当に悟ったとはいえない。どんな状態に置いても、心が平静である完全な悟りはないものだろうか。釈迦は、それを、めざした。
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www.ad.wakwak.com/~taniguchi/ yangon.html
《A》 仏像 |
釈迦の苦行 B |
釈迦は、心が騒がないのは、悟ったからではない。気力も体力もないために、悩みを感じないだけだ。瞑想や苦行からは、悟りに達し得ない、と知った。 |
釈迦の悟り C |
釈迦は欲望のコントロールを二つの方法で実践し、成功した。 一つめは、世俗を離れた生活をおこなった。□□生活である。家にいたりしては、様々な欲望が渦巻き、悟りへの精神集中ができないからである。 二つめは、自分自身が、7年間の難行苦行の末学んだ欲望コントロールする方法を実施したことである。 |
釈迦の悟り D □□樹 |
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www.ne.jp/asahi/eden/kanata/ myanmar/yangon/guide.html 《A》 菩提 |
タイのルンピニ公園 |
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祇園精舎 |
釈迦は35歳で□○を開いてから、各地を説法をして巡り歩き、80歳で涅槃に入った(入滅した=死亡した)。釈迦の骨は、分割されて地方にもっていかれ、ストゥーパ(仏塔)におさめられた。 |
祇園 |
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『□□物語』にも祇園精舎が |
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。 [訳]お釈迦様が説法をおこなった祇園精舎から聞こえてくる鐘の音は、諸行無常(すべての物は、常に変化して止まない)の響きがある。 |
アンコール・ワットを祇園精舎と間違えた日本人 |
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www.asahi-net.or.jp/.../angkor/
angkol_wat/angkol_2_15.jpg |
釈迦=仏陀=如来 |
日本などの大乗仏教では、如来も釈迦を意味する。如来とは、「真如(しんにょ=真理)から来た人」、つまり悟りの世界から来た人、という意味で、仏と同じ意味である。 日本などの大乗仏教圏では、仏様や仏像は、言葉のインフレが進んで、次第に釈迦以外の無数の像や死者の霊をさすようになった。 如来も、のちには阿弥陀仏、阿弥陀如来というように、釈迦以外にも使われるようになった。 |
菩薩(ぼさつ)は、予備校生 |
菩薩には、弥勒(みろく)菩薩、観音菩薩などの予備校生ががある。 |
もともとの仏教における救済は、ほぼ不可能 |
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ジャータカ(本生譚)とは、釈迦の□□物語である。菩薩(悟りを求めるもの)であった釈迦が、何回も生まれ変わって、功徳(善行)を積み、悟りをひらいて仏(仏陀=如来)となる物語である。 釈迦は、鹿に生まれたり、象に生まれたり、猿に生まれたりして、輪廻転生を繰り返す。その難行苦行は凄まじい。ウサギに生まれたときは、我が身を人に捧げた。王子に生まれたときは、我が身を餌にして虎を飼った。これを捨身飼虎(しゃしんしこ)という。これほどまでして、しかも何億年も修行を重ねないと仏になれない。したがって凡人の成仏は絶望的であるはずである。 |
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| □□厨子(〜のずし)にも、捨身飼虎の図が | ||
《A》 玉虫 |
www.dnp.co.jp/jis/g_gakko/ talk/12-o/12-omain.html |
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| 輪廻転生(りんねてんしょう) | ||
輪廻は、古代インドの民衆の考え方で、現実がこんなに苦しいのは、今の自分の責任ではないだろう。前の世界の自分が何か悪いことをしたからであろう。だから、今からよい行いをしていけば、今度はましな生まれ方をするだろう、という考え方からうまれたもので、これが仏教に取り入れられた。 → 六道輪廻とは? 《A》 六 |
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| 釈迦の次に仏になりこの世を救う弥勒菩薩は、57億年後に仏に | ||
しかし、外界(この世の外)で修行をつんでいる弥勒菩薩が、この世に生まれてくるのは、なんと、いまから57億年あとのことである。弥勒菩薩はちょっとした懈怠(けたい。なまけ)のために57億年の□□を追加されたのである。 インド人の時間概念のスケールの大きさ、あるいは時間概念のなさが思いやられる。 <弥勒菩薩抱擁事件> 1960年頃、京都の広隆寺で弥勒菩薩の半跏思惟像を見た京大生は、その美しさに魅せられて、思わず頬ずりしようとして抱きつきました。その衝動で仏像の薬指が欠けてしまいました。 |
Maitreya-bodhisattva butuzou.com/htm_s/ s-miroku.htm |
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| 僧侶は働いてはいけない | ||
それゆえ、初期の僧侶は、出家しても家族、身内が困らない名門、旧家、富豪の子弟であり、布教の重心は、上流階層にあった。(バラモン教では、出家は老人が行なった)。 |
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| 仏教のエッセンスは、救済と貢物の交換 | ||
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| 安居(あんご) | ||
インドでは、乾暑季(4 月〜6月)は日中の気温は45度以上にもなる。僧侶は、このときは精舎(しょうじゃ)にとどまり、□□や説法につとめた。これを夏安居という。また雨季(7
月〜10月)にも川が氾濫し、道路が通行不能となったりするので、外出をひかえ精舎で暮らした。これを雨安居という。 |
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| タイの涅槃像(ねはんぞう) | ||
ミャンマーの古都ペグーにもこれより大きい涅槃像がある。 |
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ストゥーパ(□□)は、お釈迦様の墓 |
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ストゥーパは「卒塔婆(そとば)」と音写されたが、後に「塔」一字に略されるようになった。今では細長い高い建物一般を「塔」というようになり、仏教の塔のことは、とくに「□□」とよんで区別するようになっている。 また今では「卒塔婆」といえば、墓のうしろに立てる梵字(サンスクリット語)を記す細長い板だけをさすように変わってきている。卒塔婆は、死者を供養するためのもので、上部は五重の塔を模した形となっている。 |
www.itagaki.net/trv/ thai/thai8.html
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□□の塔もストゥーパが起源 |
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日射のきついインドでは、貴人には何重もの傘をさしかけるのが礼儀であり、その習慣が死後の墓にまでもちこまれたのが、仏塔の上の傘蓋(さんがい。何重もの傘)や□□の塔の屋根に残っているわけである。 ストゥーパを新築、増築すると、大きな功徳(善行。ここでは、「善行の結果として得られるしあわせな事柄」)が得られると考えられ、富豪や有力者が寄進したりすることが多い。一般庶民は、そこまでの余裕はなく、既存のストゥーパの回りにミニ・ストゥーパ(奉献塔という)を寄進したりする。 |
www02.so-net.ne.jp/ ~n_kawa/ main/omoide.htm
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| 蓮の花 |
蓮の語源は、蜂巣に由来する。蓮の花のことを別名、□□といい、仏の座るところを□□座という。タイなどでは、挨拶の時、手を蓮の花の形にする。古代インドでは、蓮の花は女性の生殖をいみし、多産の象徴であった。 <中華料理のレンゲは蓮華から>
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タイ人男性は一度は出家する |
この時僧は礼もいわず、頭も下げず、そうするのは一般の人の方である。僧に飲食物を提供することにより、一般の人は功徳(くどく。仏からのめぐみ。ごりやく)を受けるからである。 □□で得た飲食物は寺へ持ち帰り、皆で分けて食べる。僧の食事は朝と昼、あるいは派に寄っては朝だけ、である。その後は一切食べ物を口にしない。
…正式の僧侶になりました。(1972年) タイでは男子は原則として一生に一度は出家して仏道に入るものとされている。普通は結婚前に1週間から3か月ぐらいの仏門に入り、還俗(げんぞく。僧が俗人に戻ること)してからは元の職場に戻る。この間役所や会社からは給与は支給される。結婚前に出家するのは、功徳が両親に向かうからである。既婚で出家した場合は、功徳は妻に向かう。 |
上座部仏教は戒律がきびしい |
上座部仏教は、スリランカを経て、ミャンマー、タイ、△△△△△、ラオスに伝えられた。これらの国では、上座部仏教は、準国教の地位を与えられ、僧侶の地位は高い。僧侶は、254の戒律をきびしく守る。昼の12時から翌日の9時頃までは食事をしない。上座部仏教では僧は、金銭や女性にさわってはならず、アルコールも禁物である。 《A》 カンボジア |
仏像の誕生 |
もともと仏教が生まれてから500年の間、仏像は存在しなかった。お□もそうであった。 釈迦は無上に尊いものだから、形に表すことはできないと考えられていた。どうも、大切なことは、描くより、記憶することが大切だとされていたようだ。しかし、俗人の信者の間で何か形あるものを礼拝したいという願望が次第に強くなり、仏像が生まれるようになったのだといわれている。 |
パキスタンのガンダーラが仏教美術の中心地 |
インドのマトゥラーでもガンダーラとほぼ同時代に仏像を生んだ。 |
密教(Esoteric Bhuddhism) |
密教では、大日(だいにち)如来が本仏である。その他の如来や多くの菩薩は大日如来の分身であるとする。△△△△(国名)仏教は、仏教の中の密教の一派なので、寺院にはたいてい華麗なマンダラの壁画や刺繍がある。これを一目で分かるように図像化したものが諸像の集まりを描いたマンダラである。 インドネシアのジャワのボロブドゥールは、マンダラを立体的に表現した壮大無比な建造物である。 |
明王(みょうおう) |
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www.mars.dti.ne.jp/~tuboicom/ fudou.htm |
日本の密教: |
人間の煩悩愛欲は尊重されるべきだとして、性的な行法を秘法のなかに取り入れた密教は、左道密教とよばれる。左道とは、正しくないという意味である。 |
××天=神 |
これらは、インド一般の神々で、のちに布教のために、仏教にとりこまれたものである。 |
梵天と□□天 |
□□天はヒンズー教のインドラで、仏教では世界の中心にある須弥山のボスである。『寅さん』でおなじみの柴又の□□天は、日本では人気絶大である。が、インドではブラフマンもインドラも、シバ神やビシュヌ神に王座を奪われて人気がない。 |
インドと中国における僧の社会的地位 |
中国では、仏教は超能力をもたらすものとして迎えられた。仏陀は、攘災招福、不老長寿の神として信仰された。仏教は、現世的、功利的な道教的信仰の対象とされ、後漢(ごかん)の社会に受入れられた。しかし、中国や朝鮮では、このような社会の外にいる巫者(ふしゃ。超能力者、おがみ屋)は、社会の最低位にあるものとされた。 それゆえ、中国においては、仏教をしかるべき位置にあらしめるために、大伽藍の建立が必要であった。北魏以後、仏教寺院の建設には莫大な費用がかかり、これが仏教排撃、弾圧の原因にもなった。三武一宗の法難がそれである。仏教は、北魏の太
武 帝、北周の 武 帝、唐の 武 宗、後周の世 宗 によって弾圧された。仏教弾圧の理由は、寺院所有の□□(寺社の私的所有地)が増加して、国家の税収が少なくなったことによる。 |
仏教語の□□ |
たとえば、「涅槃」は、ニルバーナ(nirvana =火が吹き消された状態のこと)の音写であるから、「涅」や「槃」は音だけを表わし、意味は関係ない。中国語には、漢字しかなく、カタカナやひらがながないのでこのようになった。 日本語では、「ネハン」とカタカナで表わしたほうがよさそうであるが、ありがたみをそこなわないように、中国式を踏襲して漢字で表わす。 |
涅槃(ねはん) |
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三眛(ざんまい) |
| 「三眛」はサマーディの音写で、一心不乱に一つのことをする、という意味である。今では「贅沢三眛(ぜいたくざんまい)」といったように悪い意味の場合にも使われる。 |
菩提 |
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ダルマ |
日本のダルマは、6世紀初めにインドから中国にわたって禅宗を伝えたインド人のボーディダルマ(中国名は達磨大師)に由来する。達磨大師は少林寺で9年の間、壁に向かって座禅をしていた。このことを「□□九年」という。達磨大師はそのため手足が衣の下からのびなくなってしまったといわれる。これが、人形のダルマの由来である。 |
魔羅 |
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舎利 |
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仏陀 |
「ほとけ」は、 「buddha+ケ」にゆらいする。ケは、目に見える形の意。したがって、「ほとけ」は「お□□様をかたちどったもの」が原義と思われる。 |
僧 |
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比丘 |
「比丘尼」は、「食べ物を乞う女」の意味で、いまでは「出家した女性」をさす。のちに□の一字で用いられるようになった。インドでは女性を親しみをこめてよぶときアンマというが、それが日本にも伝わり□となった。 |
おシャカになる |
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阿弥陀くじ。阿弥陀かぶり。お陀仏 |
「阿弥陀かぶり」または「帽子を阿弥陀にかぶる」とは、阿弥陀様の□□のように、帽子をうしろにかたむけてかぶることである。 「お陀仏」は、御阿弥陀仏の略で、死ぬときに「お陀仏」ととなえることから、死ぬことをいみする。 |
南無阿弥陀仏。南無妙法蓮華経 |
「南無妙法蓮華経」は、大乗仏教の経典のひとつである法華経(ほけきょう=妙法蓮華経)に依拠する□□宗の題目である。 References:小室 直樹 『日本人のための宗教原論』 徳間書店 他 |
仏教を歩く 問題 桑原政則
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