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仏教を歩く まとめ 桑原政則

仏教の中心思想: 色即是空

悟りの場所: 菩提樹の下

祇園精舎: 釈迦とその教団のための僧坊 

釈迦=仏陀=如来

菩薩: 予備校生

玉虫厨子: 捨身飼虎の図

輪廻転生

ストゥーパ: お釈迦様の墓

蓮の花: 極楽浄土

上座部仏教:スリランカ、ミャンマー、タイ、カンボジア、ラオス

仏教美術の中心地: パキスタンのガンダーラ

涅槃: 入滅、悟りの境地

菩提: 悟り


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仏教(Buddhism)とは、仏の教え

  
仏教とは、「仏(ほとけ)の教え」ということである。仏とは、釈迦のことである。仏は、心を空にするのが、悩みを解決する方法であると教えた。本来、仏教は、葬式とは関係ない。□□も、仏教とは関係ない、死者に送る名前にすぎない。自分でつくればよい、「釈 政則」というふうに。

《A》 戒名

仏教の中心は空(くう) 

 
仏教の中心は、空という考え方である。「空」とは「こだわらないこと」である。空になった状態を「悟り」という。

この世のすべてのものは、時とともに変化する。自分の心も、人の心も、人間関係も、経済も、政治も、何もかもが変わって行く。絶対に変わらないものは、この世にない。地球も50億年前に生まれ、20億年後には死滅してしまう。人類も500万年前に生まれ、200万年後いやもっとはるかに早く絶滅する。これを「□即是空」という。□とは、色のあるもの、つまり物のことである。

ところで、人はいつもどこかに不満や不安や悩みをもっている。それは欲があり、ものごとにこだわりがあるからだ。しかし、よく考えてみると、この世のすべてのものは、うつろい行くのだから、また自分の心も変わって行くのだから、あまりものごとにこだわったり、欲深くなったりするのはやめよう。おもったとおりにいかなくても、こだわらないでおこう。

計画を立て、やるだけやって、しかも結果が悪い時こそ、こだわりを捨てよう。頭をやわらかくして、心を空にして、また別の人生を淡々と生きよう。これが、「空」である。

般若心経のページ

《A》  色

釈迦の誕生 @       

 
釈迦は、BC5世紀頃△△△△(国名)南部の釈迦(シャーキャー)族の小王国の王子としてルンビニという園で生まれた。釈迦族の出身なので、のちに釈迦と呼ばれるようになった。サラ(沙羅)の木の花の咲く頃であった。長じて釈迦は、学問に並みはずれた力量を示した。しかし、武芸は不得手で、神経質で繊細な悩みっぽかった少年であった。いつもどこかに深い憂いをたたえていたといわれている。

16歳で結婚し、2,3人の妻をもった。これは当時では当たり前のことであった。29歳の時子供ができたが、釈迦は、妃と子供を残して、城を後にした。出家修行するためであった。父王や民衆の期待、妻や子供の愛を裏切ることであるので、長い間思い悩み、葛藤したうえでの決断であったであろう。また、きのうまで王子だった人間が、林や道端で修行をし、ものを乞う生活へ変わるのだから、さぞ大変であったろう。

《A》 ネパール

釈迦の瞑想 A   

 
釈迦は、先生について、瞑想(めいそう)を行った。瞑想は、大きな木の根本に足を組んで座り、呼吸をととのえて、心をしずめるという古代インドの精神修行の方法である。瞑想は、心を調節して、苦悩を心から追い出すことを目的とする。□□が目をつぶっているように見えるのは、瞑想をしているからなのである。

釈迦は、習練によって、瞑想による悟りの静けさを得ることができた。

しかし、瞑想をやめて、いつもの生活に戻ると、また日頃の不安や悩みが心にわいてきてしまう。これでは、本当に悟ったとはいえない。どんな状態に置いても、心が平静である完全な悟りはないものだろうか。釈迦は、それを、めざした。

 

www.ad.wakwak.com/~taniguchi/ yangon.html

 

《A》  仏像

釈迦の苦行 B    

 
インドには、今も△△に見られるように、苦行によって衰えた肉体の極限において正しい考えが浮かぶという信仰がある。釈迦はこの苦行にいどむことにした。釈迦も人並みはずれてきびしい断食などの苦行を続けた。減食、絶食をしたり、睡眠をけずったり、片足で長時間立ったり、ありとあらゆることをおこなった。ために、その身は骨と皮ばかりになった。正常な意識はなくなり、精神は朦朧状態であった。気力も体力もないために、欲望、不安や悩みなどを起こす元気もなくなってしまった。

釈迦は、心が騒がないのは、悟ったからではない。気力も体力もないために、悩みを感じないだけだ。瞑想や苦行からは、悟りに達し得ない、と知った。

《A》 ヨガ

釈迦の悟り C  

 
釈迦は、自分独自の方法で悟ろうと、食事をとり、体力の回復を待ってから、悩みの分析を始めた。そして、得た結論は、すべての心の悩みは、自分の欲望にあると知った。欲にこだわるから、腹が立ち、悲しみ、悩むのだ。悩みとは、現実の自分と欲望との落差から生まれるのだ。だから、欲望をうまくし御すれば、悩みも消えるはずだ、と思いをいたすようになった。

釈迦は欲望のコントロールを二つの方法で実践し、成功した。

一つめは、世俗を離れた生活をおこなった。□□生活である。家にいたりしては、様々な欲望が渦巻き、悟りへの精神集中ができないからである。

二つめは、自分自身が、7年間の難行苦行の末学んだ欲望コントロールする方法を実施したことである。

《A》 出家

釈迦の悟り D □□樹    

 
こうして、35歳のとき、釈迦は大樹の下で悟りを開いた、といわれる。以来この木は□□樹とよばれるようになった。□□とは悟りのことである。□□樹は以後、降魔成道(ごうまじょうどう。悪魔をしりぞけ、悟りを開くこと)の舞台として仏教では重要な役割を果たすようになる。インド人は、いまでもこの木の根本にすわって瞑想をおこなう。
この□□樹はインド□□樹で、日本やシューベルトの歌曲の「□□樹」とは種類が違う。

www.ne.jp/asahi/eden/kanata/ myanmar/yangon/guide.html

《A》 菩提

タイのルンピニ公園   

 
タイのバンコクの市中にルンピニ公園があるが、これは□□の生まれたルンビニ園に由来する。 

《A》  釈迦

祇園精舎   

 
釈迦は、その後インド中部にある祇園精舎という精舎(寺)で、多くの重要な説法(仏教の教え)を説いた。祇園精舎は、釈迦の入滅(死亡)後も拡大され、1000年後の5世紀には100近くの建物を擁するようになった。

釈迦は35歳で□○を開いてから、各地を説法をして巡り歩き、80歳で涅槃に入った(入滅した=死亡した)。釈迦の骨は、分割されて地方にもっていかれ、ストゥーパ(仏塔)におさめられた。

《A》 悟り

祇園  

 
舞妓で有名な□□の八坂(やさか)神社のあたりを祇園というが、これは八坂神社がかつて祇園社とよばれたことに由来する。八坂神社は地元ではいまでも「祇園さん」とよばれる。

《A》 京都

『□□物語』にも祇園精舎が

 
『□□物語』の書き出しは、祇園精舎からはじまる。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。

娑羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらわす。

おごれる人も久しからず、唯春の世の夢のごとし」

[訳]お釈迦様が説法をおこなった祇園精舎から聞こえてくる鐘の音は、諸行無常(すべての物は、常に変化して止まない)の響きがある。

お釈迦様が入滅の時に、枯れて白くなってしまったという娑羅双樹の花の色は、盛者必衰の道理をあらわしている。

おごり高ぶった人々も、末ながくおごりにふけることはできず、おごれる期間はただ春の夜の夢のようにはかないものである。

《A》 平家

アンコール・ワットを祇園精舎と間違えた日本人    

 
江戸初期に何人かの日本人がジャングルに眠るカンボジアのアンコール・ワットを祇園精舎と間違えて訪れている。将軍家光の命を受けた□□右近太夫がここを訪れたことも、アンコール・ワットの石柱にしたためた墨書に今も残っている。 

《A》 森本

www.asahi-net.or.jp/.../angkor/ angkol_wat/angkol_2_15.jpg

釈迦=仏陀=如来   

 
釈迦は、仏陀(buddha=悟った人)とよばれたり、仏様とよばれたりする。また釈迦牟尼ともよばれる。牟尼(むに)とは聖者のことで、釈迦牟尼とは釈迦人の聖者という意味である。□□と尊称されたりするが、これは釈迦牟尼世尊の略である。

日本などの大乗仏教では、如来も釈迦を意味する。如来とは、「真如(しんにょ=真理)から来た人」、つまり悟りの世界から来た人、という意味で、仏と同じ意味である。

日本などの大乗仏教圏では、仏様や仏像は、言葉のインフレが進んで、次第に釈迦以外の無数の像や死者の霊をさすようになった。

如来も、のちには阿弥陀仏、阿弥陀如来というように、釈迦以外にも使われるようになった。

《A》 釈尊

菩薩(ぼさつ)は、予備校生

 
菩薩は菩提薩た(ぼだいさった)の省略である。菩提は「悟り」で、薩た(土+垂)は「生物」で、「悟りを求めるもの」のことである。目下、□□中の者で、まだ悟りを開くには至っていない仏の予備軍である。  

菩薩には、弥勒(みろく)菩薩、観音菩薩などの予備校生ががある。

《A》 修行

もともとの仏教における救済は、ほぼ不可能  

 
悟りをひらいて成仏する、これが仏教における救済である。しかし、それが絶望的なことは、ジャータカを見ればわかる。

ジャータカ(本生譚)とは、釈迦の□□物語である。菩薩(悟りを求めるもの)であった釈迦が、何回も生まれ変わって、功徳(善行)を積み、悟りをひらいて仏(仏陀=如来)となる物語である。

釈迦は、鹿に生まれたり、象に生まれたり、猿に生まれたりして、輪廻転生を繰り返す。その難行苦行は凄まじい。ウサギに生まれたときは、我が身を人に捧げた。王子に生まれたときは、我が身を餌にして虎を飼った。これを捨身飼虎(しゃしんしこ)という。これほどまでして、しかも何億年も修行を重ねないと仏になれない。したがって凡人の成仏は絶望的であるはずである。

《A》  前世

□□厨子(〜のずし)にも、捨身飼虎の図が 


法隆寺の□□厨子にも、捨身飼虎(しゃしんしこ)の図が描かれており、ここから聖徳太子は自己犠牲をとうとび、自ら命を断ったのではないかとも推測されている。

 

  《A》 玉虫

www.dnp.co.jp/jis/g_gakko/ talk/12-o/12-omain.html

www3.justnet.ne.jp/~tanahara/ nousi1.html

輪廻転生(りんねてんしょう)  


輪廻転生とは、通俗の理解では、衆生(しゅじょう。一切の動物や植物)が□道の世界の中で生まれては死に、また何かに生まれ変わっては苦しみ続けることである。□道とは、天界、人間界、阿修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界のこと。たとえ、天界に行ったとしても、そこには生病老死があり、天界での死後は六道のどこかの世界に属することになる。廻とは、回と同じで、回ることである。

輪廻は、古代インドの民衆の考え方で、現実がこんなに苦しいのは、今の自分の責任ではないだろう。前の世界の自分が何か悪いことをしたからであろう。だから、今からよい行いをしていけば、今度はましな生まれ方をするだろう、という考え方からうまれたもので、これが仏教に取り入れられた。

六道輪廻とは?

 《A》 六

釈迦の次に仏になりこの世を救う弥勒菩薩は、57億年後に仏に 


弥勒(みろく)菩薩は、釈迦よりも先に仏になるはずであった。しかし、ちょっとさぼったので、釈迦が先に、仏になってしまった。それで、弥勒菩薩は、釈迦が救いそこなった人々を救うことになっている。

しかし、外界(この世の外)で修行をつんでいる弥勒菩薩が、この世に生まれてくるのは、なんと、いまから57億年あとのことである。弥勒菩薩はちょっとした懈怠(けたい。なまけ)のために57億年の□□を追加されたのである。

インド人の時間概念のスケールの大きさ、あるいは時間概念のなさが思いやられる。

インドには哲学はあっても、歴史がないといわれるのもこのためである。

《A》 修行

<弥勒菩薩抱擁事件>

1960年頃、京都の広隆寺で弥勒菩薩の半跏思惟像を見た京大生は、その美しさに魅せられて、思わず頬ずりしようとして抱きつきました。その衝動で仏像の薬指が欠けてしまいました。

Maitreya-bodhisattva

butuzou.com/htm_s/ s-miroku.htm

僧侶は働いてはいけない


仏教では、本来は僧侶は働いてはいけない。乞食(こつじき)するのが正しいやり方である。□□部仏教の僧侶はいまでも働かない。働くことは、宗教意識の達成を阻害する恐れがあったからである。

それゆえ、初期の僧侶は、出家しても家族、身内が困らない名門、旧家、富豪の子弟であり、布教の重心は、上流階層にあった。(バラモン教では、出家は老人が行なった)。

《A》 上座

仏教のエッセンスは、救済と貢物の交換  


仏教のエッセンスは、僧が救済を提供し、俗人は貢物を□□(=寄付)することである。僧と俗人との間における救済と貢物の交換により両者の存立が保証されている。

《A》 喜捨

安居(あんご)


安居とは、僧侶がある期間一定のお寺に居住し、外出しないで修行することをいう。

インドでは、乾暑季(4 月〜6月)は日中の気温は45度以上にもなる。僧侶は、このときは精舎(しょうじゃ)にとどまり、□□や説法につとめた。これを夏安居という。また雨季(7 月〜10月)にも川が氾濫し、道路が通行不能となったりするので、外出をひかえ精舎で暮らした。これを雨安居という。

《A》 瞑想

タイの涅槃像(ねはんぞう) 


タイのバンコクのワット・ポー(ワット=寺)には、釈迦の□□時の有様を表わした涅槃像がある。この釈迦の横たわった像は全長49メートルにも達する。全身が金箔でおおわれていてさん然と輝き、足の裏には美しい貝の象眼細工(ある材質の表面に、色違いのものをはめ込み、模様などを表すこと。「象」とは形のこと)が施されている。釈迦が涅槃(死亡)に入ったのは80歳の時であるが、ここの像は若々しい顔立ちをしている。www.internetacademy.co.jp/ ~00070214/bangkok.htm

ミャンマーの古都ペグーにもこれより大きい涅槃像がある。

涅槃像のことは日本では寝釈迦像というが間違いで、涅槃像というべきである。
《A》 入滅

ストゥーパ(□□)は、お釈迦様の墓   


インド亜大陸やインドシナ半島の国々には、お鉢を伏せたような小山のような塔(ストゥーパ、stupa)がたくさんあり、観光名所になっているところが多い。そこには、お釈迦様の骨や髪の毛のほんの一部が、真偽はともかく、安置されていたりする。

ストゥーパは「卒塔婆(そとば)」と音写されたが、後に「塔」一字に略されるようになった。今では細長い高い建物一般を「塔」というようになり、仏教の塔のことは、とくに「□□」とよんで区別するようになっている。

また今では「卒塔婆」といえば、墓のうしろに立てる梵字(サンスクリット語)を記す細長い板だけをさすように変わってきている。卒塔婆は、死者を供養するためのもので、上部は五重の塔を模した形となっている。

《A》 仏塔 

www.itagaki.net/trv/ thai/thai8.html

 

 

□□の塔もストゥーパが起源   


日本の□□の塔はこのストゥーパに由来する。

日射のきついインドでは、貴人には何重もの傘をさしかけるのが礼儀であり、その習慣が死後の墓にまでもちこまれたのが、仏塔の上の傘蓋(さんがい。何重もの傘)や□□の塔の屋根に残っているわけである。

ストゥーパを新築、増築すると、大きな功徳(善行。ここでは、「善行の結果として得られるしあわせな事柄」)が得られると考えられ、富豪や有力者が寄進したりすることが多い。一般庶民は、そこまでの余裕はなく、既存のストゥーパの回りにミニ・ストゥーパ(奉献塔という)を寄進したりする。 

www02.so-net.ne.jp/

~n_kawa/ main/omoide.htm

 

蓮の花


蓮の花は、泥の中から出て来て、美しい花を咲かせることから、仏教では煩悩に染まらない清浄な聖なるシンボルとなっており、また浄土を意味する。数々の仏像が、蓮の上に座る。

蓮の語源は、蜂巣に由来する。蓮の花のことを別名、□□といい、仏の座るところを□□座という。タイなどでは、挨拶の時、手を蓮の花の形にする。古代インドでは、蓮の花は女性の生殖をいみし、多産の象徴であった。

《A》 蓮華

<中華料理のレンゲは蓮華から>

蓮の華にているので、レンゲと名付けられました。

タイ人男性は一度は出家する   


黄衣をまとった僧は朝早く□□(僧が鉢をもって食のほどこしを受けること)にでかける。僧は家の前などで飲食物を用意して待ち構えている人々から□□を受ける。

この時僧は礼もいわず、頭も下げず、そうするのは一般の人の方である。僧に飲食物を提供することにより、一般の人は功徳(くどく。仏からのめぐみ。ごりやく)を受けるからである。 □□で得た飲食物は寺へ持ち帰り、皆で分けて食べる。僧の食事は朝と昼、あるいは派に寄っては朝だけ、である。その後は一切食べ物を口にしない。

桑原政則:出家前のナーガの姿。タイ、1972年

桑原政則は、一旦、龍になってから…

桑原政則:タイで出家。1972年、パクナムパーシーチャルン寺にて

…正式の僧侶になりました。(1972年)

タイでは男子は原則として一生に一度は出家して仏道に入るものとされている。普通は結婚前に1週間から3か月ぐらいの仏門に入り、還俗(げんぞく。僧が俗人に戻ること)してからは元の職場に戻る。この間役所や会社からは給与は支給される。結婚前に出家するのは、功徳が両親に向かうからである。既婚で出家した場合は、功徳は妻に向かう。

《A》 托鉢

上座部仏教は戒律がきびしい   


釈尊の入滅後100年あまりたった紀元前380年に、仏教教団は、釈尊当時の仏教のままの戒律重視で僧侶中心の上座部仏教と一般人を重視し戒律を弾力的に解釈する大乗仏教に分かれた。

上座部仏教は、スリランカを経て、ミャンマー、タイ、△△△△△、ラオスに伝えられた。これらの国では、上座部仏教は、準国教の地位を与えられ、僧侶の地位は高い。僧侶は、254の戒律をきびしく守る。昼の12時から翌日の9時頃までは食事をしない。上座部仏教では僧は、金銭や女性にさわってはならず、アルコールも禁物である。

朝食有害論のページ

 《A》 カンボジア

仏像の誕生


仏教の教えに忠実な上座部仏教国では、仏像といえば釈迦の像だけをさす。しかし、中国や日本では、釈迦の像の他に、その他の雑多な像を含めてしまうのでややこしい。

もともと仏教が生まれてから500年の間、仏像は存在しなかった。お□もそうであった。

釈迦は無上に尊いものだから、形に表すことはできないと考えられていた。どうも、大切なことは、描くより、記憶することが大切だとされていたようだ。しかし、俗人の信者の間で何か形あるものを礼拝したいという願望が次第に強くなり、仏像が生まれるようになったのだといわれている。

《A》 経

パキスタンのガンダーラが仏教美術の中心地   


仏像はパキスタン北部のペシャワルを中心とするガンダーラで生まれた。ガンダーラでは紀元前後から数世紀にわたり△△△△△(古代ギリシャ文化)様式をインド様式に融和させた仏教美術が花を咲かせた。皮肉なことに、今では古代仏教美術の粋を観賞するためには、イスラム圏のパキスタンにでかけねばならない。

インドのマトゥラーでもガンダーラとほぼ同時代に仏像を生んだ。

《A》 ヘレニズム

密教(Esoteric Bhuddhism)   


密教とは、特別の修行者だけが、部外者には秘密に、特別の修法をおこない、神仏からの感応を得ようとするものである。インドでは、ヒンズー教の影響を受けてインド仏教の末期に近い7世紀後半から盛んになった。

密教では、大日(だいにち)如来が本仏である。その他の如来や多くの菩薩は大日如来の分身であるとする。△△△△(国名)仏教は、仏教の中の密教の一派なので、寺院にはたいてい華麗なマンダラの壁画や刺繍がある。これを一目で分かるように図像化したものが諸像の集まりを描いたマンダラである。

インドネシアのジャワのボロブドゥールは、マンダラを立体的に表現した壮大無比な建造物である。 

《A》 チベット

明王(みょうおう)


明王は大日如来の家来で、こわい顔をして、牙をむき、悪を退治する。からだのうしろに日がもえさかっていたりする。明王のなかでも、□□明王が有名で、「お□□さま」として親しまれている。

《A》 不動

www.mars.dti.ne.jp/~tuboicom/ fudou.htm

日本の密教: 

 
日本の密教は、真言宗として□□によって(覚え方:真空)、また天台宗として最澄によって(天才→天最)、日本にもちこまれた。密教の僧は、病気平癒、安産、雨乞いなどの祈願のために護摩の木をたいたり、様々な秘法をおこなった。護摩とは、梵語で火祭のことである。

人間の煩悩愛欲は尊重されるべきだとして、性的な行法を秘法のなかに取り入れた密教は、左道密教とよばれる。左道とは、正しくないという意味である。

《A》 空海

××天=神

 
梵天、帝釈天、□□天などは、もともと仏教には関係ない。天とは神さまのことである。

これらは、インド一般の神々で、のちに布教のために、仏教にとりこまれたものである。

《A》 大黒  

梵天と□□天 

 
梵天はヒンズー教のブラフマンに由来し、天上界のボスとされる。

□□天はヒンズー教のインドラで、仏教では世界の中心にある須弥山のボスである。『寅さん』でおなじみの柴又の□□天は、日本では人気絶大である。が、インドではブラフマンもインドラも、シバ神やビシュヌ神に王座を奪われて人気がない。

《A》 帝釈(たいしゃく)

インドと中国における僧の社会的地位

 
インドでは、僧は社会階層の最上位で、人々の尊敬を集めた。

中国では、仏教は超能力をもたらすものとして迎えられた。仏陀は、攘災招福、不老長寿の神として信仰された。仏教は、現世的、功利的な道教的信仰の対象とされ、後漢(ごかん)の社会に受入れられた。しかし、中国や朝鮮では、このような社会の外にいる巫者(ふしゃ。超能力者、おがみ屋)は、社会の最低位にあるものとされた。

それゆえ、中国においては、仏教をしかるべき位置にあらしめるために、大伽藍の建立が必要であった。北魏以後、仏教寺院の建設には莫大な費用がかかり、これが仏教排撃、弾圧の原因にもなった。三武一宗の法難がそれである。仏教は、北魏の太 武 帝、北周の 武 帝、唐の 武 宗、後周の世 宗 によって弾圧された。仏教弾圧の理由は、寺院所有の□□(寺社の私的所有地)が増加して、国家の税収が少なくなったことによる。

《A》 荘園

仏教語の□□  

 
中国では経典(仏教の聖典)を漢訳するとき、重要なキーワードについては原音の深遠性や神秘性を尊重して、翻訳せず、□□する方針をとった。

たとえば、「涅槃」は、ニルバーナ(nirvana =火が吹き消された状態のこと)の音写であるから、「涅」や「槃」は音だけを表わし、意味は関係ない。中国語には、漢字しかなく、カタカナやひらがながないのでこのようになった。

日本語では、「ネハン」とカタカナで表わしたほうがよさそうであるが、ありがたみをそこなわないように、中国式を踏襲して漢字で表わす。

《A》 音写

涅槃(ねはん)

 
釈迦は沙羅□□の下で頭を北に向けて涅槃に入った。ここから「涅槃に入る」とは、□□が入滅すること、聖者が死亡すること、さらには聖者が悟りの境地に入ることをさすようになった。

《A》 双樹 

三眛(ざんまい)

 
「三眛」はサマーディの音写で、一心不乱に一つのことをする、という意味である。今では「贅沢三眛(ぜいたくざんまい)」といったように悪い意味の場合にも使われる。

菩提 

 
菩提はボーディの音写で「悟り」を意味する。今では「菩提を○○らう」といえば、死者の冥福(あの世での幸福)を祈る、という意味に用いられる。

《A》 とむ 

ダルマ

 
「ダルマ(達磨)」は、万物を支配する法則、という意味である。タイのタマサート大学のタマサートも、日本語に訳せば法科大学となる。この場合の法は、法律の法ではなく、万物を支配する法則、真理のことである。

日本のダルマは、6世紀初めにインドから中国にわたって禅宗を伝えたインド人のボーディダルマ(中国名は達磨大師)に由来する。達磨大師は少林寺で9年の間、壁に向かって座禅をしていた。このことを「□□九年」という。達磨大師はそのため手足が衣の下からのびなくなってしまったといわれる。これが、人形のダルマの由来である。

《A》 面壁 

魔羅 

 
「魔羅」はマーラの音写で□□を意味する。修行中の若い僧にとって修行の邪魔をするのは性欲で、その元凶は男性器であるので、日本ではマラがそれを意味する隠語となった。

《A》 悪魔 

舎利

 
「舎利」はシャリーラの音写である。骨、遺骨、釈迦の遺骨(仏舎利という)をさす。日本では、「舎利は白い、白いは米」というわけで、「米」をも意味するようになった。同様に、白いことから、「砂利」を意味するようになり、さらに砂利は小さいことから「□□」をもさすようになった。

《A》 子供

仏陀

 
「仏陀」はブッダ(buddha=悟った人)の音写である。のちに仏教、仏像などと合成語をつくる必要から「仏」一字に短縮され、一字では「ほとけ」とようぶようになった。

「ほとけ」は、 「buddha+ケ」にゆらいする。ケは、目に見える形の意。したがって、「ほとけ」は「お□□様をかたちどったもの」が原義と思われる。

《A》 釈迦

 
「僧」はサンガ(僧伽)の音写である。サンガは、はじめは「□□者と在家の信者全体」を表す言葉であった。それが次第に「出家者だけの全体」を、ついには今にみるように「出家者個人個人」をさすようになった。 

《A》 出家

比丘

 
「比丘」は、ビックの音写で、もともとは「食べ物を乞う男」の意味で、いまでは「出家した男性」をさす。

「比丘尼」は、「食べ物を乞う女」の意味で、いまでは「出家した女性」をさす。のちに□の一字で用いられるようになった。インドでは女性を親しみをこめてよぶときアンマというが、それが日本にも伝わり□となった。

《A》 尼

おシャカになる

 
「おシャカになる」とは、製品をつくりそこなうことである。昔、鍛冶屋は金属を溶接するとき、火が強すぎると失敗した。「火が□かった」を「4月8日だ」の意味にとり、4月8日はお釈迦様の誕生日なので、「おシャカになる」としゃれたものという語源説がある。

《A》 強  

阿弥陀くじ。阿弥陀かぶり。お陀仏 

 
「阿弥陀くじ」は、阿弥陀様の□□のように、放射状に線を引いたくじのことである。

「阿弥陀かぶり」または「帽子を阿弥陀にかぶる」とは、阿弥陀様の□□のように、帽子をうしろにかたむけてかぶることである。

「お陀仏」は、御阿弥陀仏の略で、死ぬときに「お陀仏」ととなえることから、死ぬことをいみする。

《A》 後光 

南無阿弥陀仏。南無妙法蓮華経

 
「南無」とは、もと「敬礼」のこと。「なむあみだぶつ」ととなえれば、人は死後、極楽浄土に生まれ変わると浄土宗の信者は信じた。

「南無妙法蓮華経」は、大乗仏教の経典のひとつである法華経(ほけきょう=妙法蓮華経)に依拠する□□宗の題目である。

《A》 日蓮 

References:小室 直樹 『日本人のための宗教原論』 徳間書店 他


仏教を歩く  問題  桑原政則

  1. ガンダーラでは紀元前後から数世紀にわたり△△△△△様式をインド様式に融和させた仏教美術が花を咲かせた。
  2. 釈迦は、BC5世紀頃△△△△(国名)南部の釈迦族の小王国の王子としてルンビニという園で生まれた。
  3. 上座部仏教は、スリランカを経て、ミャンマー、タイ、△△△△△、ラオスに伝えられた。
  4. 仏像はパキスタン北部のペシャワルを中心とする△△△△△で生まれた。
  5. 菩薩は目下、□□中の者で、まだ悟りを開くには至っていない仏の予備軍である。 
  6. 傘蓋(さんがい。何重もの傘)や□□の塔は、ストゥーパに由来するといわれる。
  7. 蓮の花のことを別名、□□といい、仏の座るところを□□座という。
  8. ジャータカ(本生譚)とは、釈迦の□□物語である
  9. 仏教では、本来は僧侶は働いてはいけない。□□部仏教の僧侶はいまでも働かない。