コラム:ヒンドゥー教を歩く

ヒンドゥー教を歩くコラムです。

ヒンドゥー教を歩く まとめ 桑原政則

インド亜大陸: パンゲア大陸から分離・移動して、ユーラシア大陸に衝突。バングラデシュ、インド、パキスタン、ブータン、シッキム、ネパール、スリランカ

インド亜大陸の住民: ムンダ人、ドラビダ人、アーリア人、少数民族

インダス文明の担い手: ドラビダ人

アーリア人: インド・ヨーロッパ語族。ウクライナより

モヘンジョダロ遺跡: パキスタンを流れるインダス川の下流域の遺跡

ヒンドゥー教: アーリア人が、僧侶などのバラモン階級を中軸にして形成したインドの民族宗教。ビシュヌ派とシバ派

ビシュヌ神: 蓮の花の上に立つ。聖蛇アナンタに座臥(ざが)。霊鳥ガルーダに乗る。ラーマ王子や仏陀に化身。妃はラクシュミー。

ラーマーヤナ物語: 民衆のためのヒンドゥー教の聖典。インドネシアでは影絵芝居ワヤンに、バリ島ではケチャック・ダンスの題材に。西遊記に影響。

シバ神: 破壊と再生の神。雄牛に乗る。妻はパールバティーでカーリー神に変身したこともある。子は象の顔、波打つ太鼓腹の ガネーシャで、ネズミに乗る。  

マハーバーラタ:世界最長の叙事詩

シーク教: イスラム教を取り入れたヒンドゥー教の一派。ヒゲとターバン

4つのカースト: バラモン、クシャトリア、バイシャ、シュードラ

インドのイスラム教徒: 1億人以上

ナンとチャパティ: インドパン、インドせんべい

女性の民族衣装:サリー

バリ島: 300万のインドネシア人がヒンドゥー教を奉ずる

インド第1のの公用語:ヒンディー語

キーワード:

ドラビダ人 インダス文明 モヘンジョダロ遺跡 ハラッパー遺跡 アーリア人 インダス川 バラモン ヒンドゥー教 ビシュヌ派 ビシュヌ神 アナンタ ガルーダ ラーマーヤナ ラーマ クリシュナ ラクシュミー ハヌマン ケチャックダンス シバ神 ジャイナ教 シーク教徒 カースト制度 菜食主義 ナン チャパティ サリー ビンディー ドーティ インドの公用語 ヒンディー語 ウルドゥー語 タミール語 バリ島 

インド亜大陸とは Indian sub-continent  
 
* インド亜大陸は、パンゲア(Pangae)大陸から分離・移動して、ユーラシア大陸に衝突し、ヒマラヤ山脈が隆起しました。現在もインド亜大陸は北上し続けています。

http://www3.aa.tufs.ac.jp/~kmach/map.htm

インド亜大陸には、バングラデシュ、インド、パキスタン、ブータン、シッキム、ネパール、およびインド半島の南東に位置する△△△△△の7ヵ国が含まれる。「亜」とは、「次」のことで、亜大陸とは準大陸のことである。

《A》 スリランカ

インド亜大陸の住民4種   
 
インド亜大陸の住民は大まかに四つに分類できる。

第一は最古の原住民であるムンダ人、

第二はドラビダ人、

第三は△△△△人、第四はインド周辺から移ってきた少数民族、

である。

 《A》 アーリア

ドラビダ人は、△△△△文明の担い手  
  
インド最古の原住民は、ムンダ語を話す人達などで、今では山間へき地に固有の素朴な文化を保って、少数民族として住んでいる。

その後に移動してきたドラビダ人は、BC2500年からBC1500年にかけて栄えたモヘンジョダロ遺跡とハラッパ−遺跡で名高い△△△△文明の担い手だったといわれている。

北インドに住んでいたドラビダ人は、次第にアーリア人に征服同化された。しかし南インドのドラビダ人は、アーリア文化の影響をつよく受けながらも独特の高い文化を育ててきている。

 《A》 インダス

アーリア人によるインド支配  
 

http://www.infoaomori.ne.jp/~sakamoto/indo.html

 

http://www.infoaomori.ne.jp/~sakamoto/indo.html

ドラビダ人のあとにアーリア人がインドにやってきた。アーリア人はインド・ヨーロッパ語族に属する。インド・ヨーロッパ語族は、もともとウクライナあたりに住んでいて、人口がふえすぎて、方々へ拡散移住していったと考えられる。

ヒッタイト人、ギリシャ人、ローマ人、ゲルマン人(アングロサクサン人もここに入る)、ケルト人(アイルランド人など)、アーリア人などのいわゆる白人種(Caucasoid)はいずれもインド・ヨーロッパ語族である。インド・ヨーロッパ語族の人々のうち、△△△とパキスタン、インドに入ったのがアーリア人である。彼らはBC1500年からこれらの地域に移住を開始し、BC500年までに北インドの全域を支配下に治めた。その後もアーリア人の南進は続きドラビダ人との混血も進んでいる。今ではインドでは北ほどアーリア色が強く、南へいくほどドラビダ色が強くなっている。

《A》 イラン

インド北部の少数民族  
 

インドの北にはチベットがあり、チベット人は日本人と同じモンゴロイド系である。チベット人などのモンゴロイド系の人達がヒマラヤを越えて、△△△△、ネパールやカシミール地方(パキスタン、中国に接するインドの西北部)に移り住んでいる。

これらの人は日本人によく似た顔付きをしており、とくに△△△△国はごく最近まで鎖国状態にあったので、その住民は純粋にモンゴロイドで、古い日本人にその挙措動作がよく似ている。

筆者(桑原)は、2001年2月南インドを旅したとき「ネパールから来たの?」とたびたび訪ねられた。

 《A》 ブータン

インダス文明の遺跡  

 
インダス川は、インドでなくパキスタンを流れる川である。インダス川の下流域にドラビダ人がつくったといわれるインダス文明の代表的都市遺跡である△△△△△△△遺跡がある。

インダス川は中流域で、手の指を広げたように5つの大きな支流を合わせている。都市遺跡ハラッパーは、この5つの川(5・川=パンジ・アーブ⇒パンジャーブ)地域にある。

*インダス文明

 《A》 モヘンジョダロ

www.fujilight.co.jp/pc/pakistan/ pakistan_main.htm

アーリア人のインド征服     
 
アーリア人は後世に残るような文化はもちあわせていなかったが、ドラビダ人などの先住民などよりはるかにすぐれた武器、それに馬をもっていた。彼らは馬にひかせた二輪車の上から矢を射かけるという戦法により、先住民を征服同化しながら、BC500年にはインド東岸の△△△△川下流域にまで進出した。

 《A》 ガンジス

インド亜大陸の気候  
  
インド亜大陸の大部分では、11月から6月までが乾季である。11月から2月までは爽快で、旅行には最良の季節である。3月から次第に暑くなり、4月から6月までは乾暑季で最悪の季節である。この時期には雨は降らず、内陸部では気温が45度にものぼり、草は黄色になり、木は落葉する。これは雨が降るまで水分が奪われることを最小限に抑えるためである。植物ばかりでなく、人間も動物もじっと耐え忍ぶのが乾暑季である。

7月になると,△△△△△が雨をもたらし、草も木も生き返る。△△△△△は7月から10月いっぱいまで続く。ヒンドゥー教の輪廻思想は、植物のこの生死のくりかえしに影響されたものであろう。

六道輪廻とは? 桑原政則

 《A》 モンスーン

ヒンドゥー教 Hinduism   

 
アーリア人が、僧侶などの△△△△階級を中軸にして形成したインドの民族宗教をヒンドゥー教とよぶ。このヒンドゥー教は、各地の土俗信仰をどんどんとりいれて変貌し、7,8世紀までには、今日見られるようなヒンドゥー教となった。ヒンドゥー教は、開祖もなく、特定の教義もない。したがって、明確な体系を持つ宗教というよりは、インド土着の生活様式の全体をさすと考えた方がよい。ヒンドゥー教には、何百万という多くの神々がいるが、これらは唯一の神が形を変えた姿である。

ヒンドゥー教はいわば、何物をも包み込む多神教的一神教であるといえよう。この点、自分外のものはすべて排除するユダヤ教、キリスト教、イスラム教とは、明確にことなる。

ヒンドゥー教徒の数は、7億人を数え、キリスト教、イスラム教に次ぐ人口をほこる。古い段階のヒンドゥー教は、△△△△教(Brahmanism)ともよばれる。Hinduとは、Indus地方に住む人、つまりインド人のことである。

 《A》 バラモン

ビシュヌ派と△△派 

 
ヒンドゥー教には、大別して、ビシュヌ派と△△派とがある。ビシュヌ派の方が貪欲に民間信仰を取り入れている。

インド神話 画像多数

 《A》 シバ

ビシュヌ神  

ビシュヌ神を信奉するヒンドゥー教徒はビシュヌ神こそが7月から10月までの4か月のモンスーンの間、生命の糧であり五穀豊饒のもととなるめぐみの雨をもたらしてくれると信じている。

ビシュヌ神には4本の腕があり、△△貝、蓮の花、チャクラ、棍棒をもっている。

左の上手では△△貝を握っている。これは説法(仏陀の教えを聞かせること)の時に、△△を吹いて、人を呼び寄せるためのものである。「△△を吹く」とはかつては「ありがたい説教を聞かせる」という意味であった。

左の下手では棍棒をもつ。これも武器として用いるが、棍棒とは見えないほどデフォルメされている。

右の上手にはチャクラとよばれる金属の円環に刃をつけた武器をもつ。これを敵に投げるとブーメランのように、手元に戻ってくる。

ビシュヌ神は蓮の花の上に立っている。蓮の葉は朝開き夕べに閉じるところから、創造と再生をあらわし、さらには宇宙のシンボルと考えられている。仏教では極楽浄土のシンボルである。

 

 《A》 ホラ(法螺)

www2u.biglobe.ne.jp/ ~india/god3.jpg

アナンタ:ビシュヌ神の座臥する多頭の蛇   


ビシュヌ神はアナンタという普通7つの頭をもつ蛇に座臥(ざが=座ったり、寝たり)している。この多頭の聖蛇は、仏教にもとりいれられ、アナンタ竜王と呼ばれ、仏陀を守護すると信じられている。

カンボジアの△△△△△・ワットにもこの多頭の聖蛇アナンタの彫刻が至る所に見られる。この蛇は、東アジアでは、竜として敬われている。

 

 《A》 アンコール

http://www3.aa.tufs.ac.jp/~kmach/vishnu.htm

霊鳥△△△△

ビシュヌ神は日常座臥する時は多頭の聖蛇アナンタに乗り、外へ出掛けるときは霊鳥△△△△に乗る。

インドネシアの△△△△航空の名もこの霊鳥に由来する。インドネシアはバリ島を除いてイスラムになってしまったが、紀元後から15世紀までヒンドゥー文化圏にあったことの名残がこのようなところにも見られる。

タイでは、パスポートの紋章にも用いられている。タイ、カンボジア、ミャンマーの寺院では、△△△△は、幻想的な形で表されている。日本ではこの霊鳥ガルーダは金翅鳥(こんじちょう)とよばれる。


*ガルーダ 【画像】

 《A》 ガルーダ

www.cicc.org.sg/images/ ImageIndex.html

ビシュヌ神は変身上手  


ビシュヌ神は変身上手である。魚、亀、阿修羅、猪、ナラシンハ(頭がライオン、それ以外は人間)、小人などに変身する。

あのラーマーヤナの主人公ラーマ王子もビシュヌ神の化身であり、ハンサムで女性に人気のあるクリシュナも、ビシュヌ神のなりかわりなのである。ラーマ王子とクリシュナがビシュヌ派では人気がある。

ヒンドゥー教では、さらに、仏陀もビシュヌ神の化身であるとして、仏教をヒンドゥー教の中にのみこんでしまっている。したがって、ヒンドゥー寺院に仏陀の彫像があっても驚くにあたらない。

この他に、ビシュヌ神は馬の頭を持った巨人にも変身する。日光東照宮の□□観音もこれに由来し、悪魔を追い払うため憤怒の形相をしている。


 《A》 馬頭

ナラシンハ(人獅子)

http://www3.aa.tufs.ac.jp/~mmine/indspace/dcs2.html

ラクシュミー=△△△△神の妃  


ラクシュミーは△△△△神の妃(きさき)で、人気抜群の女神である。ヒンドゥー教の△△△△派のどこの家でも店でも、ラクシュミーの像や画像を飾ってある。

画像ではラクシュミーは、森に囲まれた青い湖の中に、吉祥(きちじょう=めでたいこと)をあらわす赤いサリーをまとって立つ。その手からは金貨がばらばらとほとばしりでている。涼しげな環境のもとでお金がどんどん入ってくるというインド人の夢をあらわしているのであろう。

ラクシュミーは富と幸運、美の女神である。

デリーのラクシュミーナラヤン寺院はラクシュミーを祭る有名な寺院である。

ラクシュミーは大乗仏教にも取り入れられて、吉祥天とよばれる。

《Memo》中華料理で使うスプーンをレンゲとよぶが、蓮の華、つまり蓮華に形状が似ているからである。

  《A》 ビシュヌ

ラーマーヤナ物語は民衆のためのヒンドゥー教の聖典   


ラーマーヤナ物語は、BC4世紀頃つくられ、次第に内容がふくらみ、3世紀頃に今のような形になった。一頌(しょう) 32音節(ほぼ日本の短歌と同じ)、24000 頌からなり、平家物語のようなリズミカルな音律でうたわれる。

王族の甘美な恋物語や、妖怪変化が人間と入り乱れて闘う勇壮な物語などに、ヒンドゥー教の神々や信仰についての話しが多く盛り込まれているため、民衆のためのヒンドゥー教の聖典の働きをするようになった。

ラーマーヤナ物語は△△△△階級に独占されていた高遠なインド神学を無学な民衆にわからせる働きをしている。

 《A》 バラモン

ラーマ、シーター、ハヌマン

http://www3.aa.tufs.ac.jp/~kmach/rama.htm

ラーマーヤナ物語の大筋 @    


ガンジス川の北にコーサラという国があった。コーサラ国の王には3人の妃があり、第一妃との間にうまれたのがラーマである。ラーマ王子は実は△△△△の化身であるのだが、このことはだれも知らない。

ラーマ王子は学問、武芸とも衆にすぐれた若者に成長し、他の異母弟とも仲がよかった。

やがて、ラーマは他の国の王女シーターと結婚し幸福な日々を送る。シーター妃は、今日では、こよなく夫につくし、また完全な母であるとしてヒンドゥー婦人の理想像となっている。

時がたち、王はラーマ王子に王位を譲ろうとする。しかし、第二妃が王との古い約束をもちだし、わが子を王位につけるように迫る。かつて王は危ないところを第二妃に救われ、その時第二妃の子を王位につけること、ラーマを14年間森に追放することを約したのだった。



*ハヌマンは孫悟空のモデル

ハヌマンは孫悟空のモデルといわれる。ヨガは少林寺拳法に、インドのスパイス料理は漢方に取り入れられたといわれる。インドは中国に仏教も輸出したが、中国からは学ばなかった。

 《A》 ビシュヌ

ラーマを運ぶハヌマン

http://www3.aa.tufs.ac.jp/~kmach/rama.htm

ラーマーヤナ物語の大筋 A  


ラーマ王子は、父王を困らせたくないので、シーター妃を連れて、猛獣や悪魔がうようよしている森に行くことにする。そのうち悪魔ラーバナがラーマの妃シーターをさらって、スリランカに連れ去ってしまう。

そこに、猿の大軍をひきいた猿将△△△△が助だちにあらわれ、ラーマは彼らと共にスリランカに攻め入り、そこで数々の激戦を繰り広げる。

猿軍の大将の△△△△は自由に空を飛び、怪力を発揮したりして大活躍をする。

激闘のうち、ラーマは得意の強弓で悪魔ラーバナを射倒し、勝利をおさめ、シーターと共に、故国へ凱旋し、その間ラーマに忠義立てして王位につくことをがえんじなかった第二妃の王子に代って、王位につく。

 《A》 ハヌマン

悪魔ラーバナ

http://www3.aa.tufs.ac.jp/~kmach/rama.htm

ラーマーヤナ物語は東南アジアにも  


ラーマーヤナ物語は東南アジアの諸国に取り入れられている。インドネシアでは影絵芝居ワヤンに、またバリ島ではケチャック・ダンスの題材となっている。

ケチャック・ダンスは通称モンキー・ダンスとよばれる。100人近い半裸の男達が舞台を取り囲むようにして座り込み、松明の明りの中で両手をさしのべて上体を動かしながら、不思議な叫び声のコーラスをかなでる。舞台ではラーマ王子、△△△△妃、猿将ハヌマン、悪魔ラーバナらが華麗な衣装に身を包んで物語を展開するという神秘的な迫力に満ちた芸能である。

なお、タイ現王朝の王はラーマと呼ばれる。プミポン王はラーマ9世である。

三蔵法師、孫悟空などがでてくる西遊記もラーマーヤナ物語の影響を受けてできたものである。

*kecak 【画像】

 《A》 シーター

破壊と再生の神△△神   


インド亜大陸では1年のうちに自然が一時的に死亡し、そして豊かに再生するが、この破壊と再生を象徴するのが、ビシュヌとならぶヒンドゥー教のもう一方の雄△△神である。

△△神は、苦行の神であり、ビシュヌ神よりもひとびとにとって怖い存在である。南インドに多くの信徒がいる。△△神は仏教に取り入れられて大自在天になった。

《A》 シバ


www.gokokuji.or.jp/ NewFiles/New6.html

http://www3.aa.tufs.ac.jp/~kmach/shiva.htm

シバ神は苦行者の守り神   


インドには苦行を積むことによって、超自然的な力が得られるという思想があり、△△にもその傾向が見られる。

ヒンドゥー教では、シバは苦行を積み重ねたと信じられ、苦行者の守り神とあがめられている。苦行者はおおむねシバ信徒である。

仏教の開祖釈迦も苦行を積んだ。苦行の思想は密教を通じて、日本にも伝わり、修験道を生み出した。

*yoga 【画像】

 《A》 ヨガ

シバ神の乗り物は〇□


ビシュヌ神は聖蛇アナンタに座臥するが、シバ神の聖なる乗り物は〇△である。ヒンドゥー教徒は牛を殺したり、食べたりしない。インドに野良牛を含め、たくさんの牛がいるのはこのためである。

*Siva

 《A》 お牛

ガネーシャ  

シバ神とその妻パールバティーの間に生まれた。知識と財産の神として商人や学生に崇拝されている。象の顔、波打つ太鼓腹のガネーシャとは、「ガナ(群衆)」の「イーシャ(主)」という意味である。

ある時、母パールバティーがガネーシャに「お母さんが庭で行水をするので、誰も家に入らないように見はっていてちょうだい」と言いつけた。お父さんのシヴァが帰宅したが、ガネーシャは、お母さんの言いつけを守って、行く手をはばんだ。シバ神は激怒し、ガネーシャの首を切り落としてしまった。

シバ神は嘆き悲しんでいる妻パールバティーを哀れに思い、家の前を最初に通る動物の首を付けて生き返らせてやることにした。その時悠然とやってきたのが象だったのである。

ガネーシャは△△△にのって外出する。

*Ganesha 【画像】

 

 《A》ネズミ 

http://www3.aa.tufs.ac.jp/~kmach/ganesha.htm

カーリー神 


パールバティーは、魔神とたたかう夫の△△を救うため別のカーリー神に化けて、美しいサリーを思い切りたくし上げた。その魅力的な光景に魔神は金縛りになり、首をはねられてしまった。

しかし、パールバティーは、魔神にヨーニ(秘所)を見られた羞恥に耐えかね、真っ黒になりカーリー神となり、出会うものすべてを殺し、破壊しながら世界を歩きまわるようになった。

その後△△神と再会し、おだやかな顔に戻った。

カルカッタにまつられており、カルカッタという地名はカーリー神に由来する。

 

*Kali 【画像】

《A》シバ

 

リンガ linga  

シバ神の寺院にはリンガ(男根)が祭られてあり、熱烈な信仰の対象となっている。リンガはシバ神のなりかわりだとされている。

リンガの受け盤はヨーニ(女陰)となっており、これは□□が豊かに実り、家畜が増え、人間が富み栄えるようにとの万物生成の摂理を象徴するものである。


*linga 【画像】

 《A》作物 

http://www.soubunsha.co.jp/nepal_3.jpg

ヒンドゥー教徒が牛を殺さなくなったのはイギリスとの対抗上から 


インド人は、昔から牛を聖獣としており、供犠(くぎ)のため殺しもしたし、食べてもいた。

18世紀からイギリスは、近代合理主義の旗のもと、インドの悪習と思われたヒンドゥー教の改革に乗り出した。

これに対抗して、ヒンドゥー教徒は、不殺生、□□主義の行動様式を全面に打ち出して対抗した。とくに、牛を殺さないこと、食べないことは、「牛食い人種」であるイギリス人を見下すシンボルとなった。これが、ヒンドゥー教徒が牛を殺さなくなったいわれである。

 《A》 菜食

<インドの街角>

浅野哲哉さんによるインドの街角のスケッチです。下のサイトにジャンプし、画像の部分部分をクリックすると、さらに詳細なクルマの画像があらわれます。

http://www.indo.to/masala/HBIndia/Life/TRAFFIC/Trp-00.html

 

 

 

世界最長の□□詩△△△△△△△   

△△△△△△△はBC10世紀の話をもとにして4世紀に完成した約10万頌に及ぶ世界最長の叙事詩である。


*マハーバーラタ Mahabharata ウィキペディア

《A》 マハーバーラタ

ジャイナ教徒  Jainism  

ジャイナ教はBC5世紀からBC4世紀に仏教と同じ頃興った宗教で、不□□、苦行の実践を重視する。二派あり、裸形( らぎょう)派は半裸で一年を暮らす。白衣派は、白衣を着、顔には虫を吸い込むのを防ぐため、白いマスクをつける。農業をするとスキやクワで地中の虫を殺してしまうので、商工業に従事する。このため、ジャイナ教徒は300万人にも満たないのに、経済力に優れ、インド社会において大きな勢力をもっている。

*Jainism 【画像】

 《A》 殺生

 
シーク教徒  Sikhism

シーク教は15世紀末に創設されたイスラム教を取り入れたヒンドゥー教の一派である。18世紀にはパンジャブ地方に独立王国を建設した。20世紀に入ると反英闘争を展開し、インド独立の重要な推進力となった。

シーク教徒はヒゲや髪の毛を切らず、ターバンを頭に巻き付ける。毛は神から与えられた生命の一部であり、力の源泉であると信じているからだ。

シーク教徒は1000万余りで、インド人口の2%にも満たないのに特異な服装と社会的な活躍で、とくに首都デリーで非常に目に付く。

シーク教は形式的にではあれ、カースト制を無視しているので、新しい時代の新しい仕事に適応するのが早い。ジェットパイロットから自動車の運転手に至る新しい旅行関係の職業にもカースト制度の制約がないので、つくのが早く、目立つのはそのためもある。

彼らは勇敢で進取の気性に富んでおり、団結心に富む。彼らにはシン(Singh=△△△△)という姓が多い。シンには、神のためにはなにものも恐れず、△△△△のように勇猛に戦うという意味合いがある。

 《A》 ライオン



*Sikh 【画像】
カースト制度の誕生    


ヒンドゥー教はバラモン、△△△△△△、バイシャ、シュードラの4つのカーストからなる。バラモンは祭司、△△△△△△は王侯、武士、バイシャは農民、商人、職人、シュードラは奴隷からなる。人体にたとえれば、バラモンは頭、クシャトリアは胸、バイシャは腹、シュードラは下半身となるという。これ以外にもカーストにも入れてもらえない不可触賤民(untouchable)が、数千万いる。異なるカースト間では結婚は許されない。カースト制度はアーリア人がドラヴィタ人を征服して行く過程で生み出したものである。

インドでは、カースト制度を含む社会の仕組みが、古代において、極限にまで完成の域に達してしまったため、カースト制度だけを崩すことはできず、今日に至っている。

四大カーストは、さらに2700余りの職業別サブカーストに細分され、子は親と同一の職業につくことが決められている。しかし現代では近代産業の発達につれて、桶作りなどの職業は、プラスチックの出現で成り立たなくなってきており、実情にあわないサブカーストの一部は崩れてきている。

 《A》 クシャトリア

カースト制度の廃絶は、かぎりなくむずかしい 


カースト制度を廃止しようと努力した人は昔からいたが、すべて失敗に帰している。

仏陀は、すべての人間は平等である、と説いたために、仏教はインドから衰滅してしまった。

ジャイナ教はカースト制度と今では妥協しているために今日まで命脈を保っている。

イスラム教においては、△△△の前ではすべての人は平等であるはずであるが、インドやパキスタンのイスラム教にはカースト制度が存在する。

シーク教は、△△△の前ではすべての人は平等であるとするイスラム教に刺激されて15世紀末におこった宗教で、カースト制度の廃絶を目指したが、妥協を強いられ建て前に終始している。

このように、カースト制度はヒンドゥー教、インド社会とわかちがたく結び付いているので、カースト制度の廃絶はかぎりなくむずかしい。

                                          《A》 アラー

新仏教の創始者アンベードカル: 佐々井秀嶺  

 
*新仏教の創始者アンベードカル: 佐々井秀嶺 桑原政則



*アンベードカル【画像と物語】

*インドの下層階級の新しい動向 山際素男

*山際素男『不可触民と現代インド』の書評 夏井睦

*佐々井秀嶺 【画像と物語】

*佐々井秀嶺 プロフィール
 

インドのイスラム教徒    


インドと△△△△△が分離した時、インド側のイスラム教徒は△△△△△へ大挙移動したのだが、それでもいまだにインドには1億2000万以上ものイスラム教徒が住んでいる。

*The population of India →muslimを検索

 《A》 パキスタン

インド料理の肉は魚かチキンか△△△


インドには菜食主義者(vegetarian)が多いため、カレーなどの煮込み料理は野菜が中心である。この煮込み料理には香り高いスパイスがうんと使ってあるのが特徴である。家庭では、いろいろなスパイスを調合して、家族の健康を保ち病気を治す。

煮込み料理の具の肉類には、チキンか△△△を使う。ヒンドゥー教徒にはビーフはタブーであり、またポークをタブーとするムスリム(イスラム教徒)も住んでいるので、両者のタブーの肉は使わないのである。

 《A》 マトン

インド料理の主食=米、△△、チャパティ  


インドのご飯は、細長くパサパサしており、カレー料理にはぴったりである。日本米のような粘り気の多い米はインドでは下等とされる。

△△は平べったいパンで、あまりイースト菌をきかせていないため腰がある。△△でおつゆの煮込みをすくって食べたりする。

チャパティは、小麦粉を練ってごく薄くのばし、せんべいのようにぱりぱりに焼いたものである。

《A》 ナン

ナン (インドパン)

homepage1.nifty.com/ janjan/nan.html

チャパティ(インドせんべい)

popup.tok2.com/home/ skip/food2.html

民族衣装△△△


インド女性は世界中どこへいっても、優雅な△△△姿で押し通す。彼女らはよそ行きにも作業時にも△△△をよそおう。△△△は、一枚の長い布からなっており、ワンサイズで誰でも着られ、仕立てもいらず、洗濯も簡単な衣類である。△△△は、ベルトなどを使って体を締めたりしないので、ゆったりしており、暑い季節にベルトのあたりに汗がたまると行ったようなことがない。

△△△を着るには、左回りに巻き付けて、体の前の部分でプリーツ(ひだ)をつくり、ペチコートの内側にさし込み、残りの布を左肩にかける。

△△△の末端を右下から左肩に回すのは、右腕の動きを自由にするためである。これは偏袒右肩(へんだんうけん)という。偏袒右肩とは、もともと僧が貴人に対して最高の礼を表すために、右側の袈裟を外して肩をあらわにしたことをいう。袒(たん)とは、着物を脱いで肌を表すことをいう。

*日本の着物
日本の着物業界は、スポーツ用、ドライブ用の着物を開発するなどの努力をおこたっている。デザインにばかり凝っていて、安く機能的な着物の製作に努めていない。

《A》 サリー

www.indosarasa.com/ fuku/index2.htm

額の□いしるしビンディー   


インド女性はおしゃれをするときに、額の真ん中にビンディーという□いしるしをつける。

これは単なる飾りで、普通は赤だがサリーの色調に合わせて緑や青のビンディーをつけることもある。□は吉色とされており、いろいろな神像には赤い粉が信者によってつけられている。

仏陀の白毫(びゃくごう=白い毛)は、仏陀の眉間にあって常に光明を発していたといわれるが、インド女性のビンディーはこれとは何の関係もないおしゃれである。

 《A》  赤

www1.fctv.ne.jp/~masala/ tantra.html

男性の民族衣装ドーティ   

 
サリーに対応する男性の民族衣装はドーティである。ドーティは一枚の□い布で腰に巻き付けるだけである。ふだんは動きやすいように足の間からうしろに通して、腰のところにねじこんでおく。ドーティはもんぺのような感じの衣装で、風通しがよい。上体には裾の長いシャツを着て、ドーティの上に出しておく。

*dhoti 【画像】

《A》 白

 
インドの公用語は14言語   

 

http://plaza19.mbn.or.jp/~h_satoh/menu.html

http://www.askasia.org/image/maps/india4.htm

インドの紙幣は14種類の言葉で示されている。この14種類の言葉が、インドの公用語である。この他にインドには1500以上もの言語が、方言を含めて、ある。

首都デリーを中心になされるヒンディー語を国語にしようという運動は根強い。インド北東岸のインド最大の都市△△△△△でなされるベンガル語もヒンディー語と似たの言語である。

ヒンディー語の国語化に対しては、1億5千万の人口をかかえるドラビダ系の話者は、「ヒンディー語をしゃべる者は全国民の3割にもみたない」といって猛反対する。

ヒンディー語圏の北インドを始めとするインドの大部分が数百年間イスラムの支配にあったときも、南インドのドラビダ人たちは最後まで自分たちのヒンドゥー教王朝を守り通した。そのことも、彼らの言語と文化に対する誇りとなっている。また、ドラビダ系の者は海外で活躍する者も多く、海外インド人の間ではドラビダ系のタミール語が重要な言語となっている。マレーシアやシンガポールなどで話されているのや、タミール語である。

このような訳で、今のところ、英語がインドで唯一の共通語となっている。インド人同士話が通じ合わない時は、ごく自然に英語に切り替える。国会や公式の席でも英語が使用される。

<ガンジー Gandhi

 《A》 カルカッタ

インドから西では□□□□が大切    
 
作家の堀田善衛は「日本からビルマまでは謙譲の美徳が支配し、インドから西は□□□□の美徳が支配する」といった。インドからヨーロッパ、アメリカにかけて旅行する者は、日本人としての誇りと自分の考えをしっかりもって、□□□□できるようにしておくことが重要である。

 《A》 自己主張

東南アジアの国家原理はヒンドゥー教から

 
ヒンドゥー教は、宗教というよりは、△△△文化の体系である。東南アジアは、ヒンドゥー教を西暦以前よりとりいれた。ヒンドゥー教の導入により、国家の編成原理を手に入れ、各地の支配層は権威をより高めることができた。

ヒンドゥー王朝では、王はシバまたはビシュヌの化身と考えられていた。例えば、カンボジアのアンコール朝では、王は神でもあったので、各地の精霊信仰、祖先崇拝を王のもとに統一した。王都には世界の中心である寺院が建設された。このアンコール朝の思想はタイにも受け継がれた。今でもタイの国王は、ラーマの称号でよばれる。現国王はラーマ9世である。

《A》 インド

東南アジアのヒンドゥー文化

東南アジアでは、ヒンドゥー教の神概念がいきわたっており、ビシュヌ神、シバ神、ガルーダなどがよく崇拝されている。また、ヒンドゥー神話やマハーバーラタ、△△△△△△の物語は、東南アジアの舞踊、絵画、文学の中に生き続けている。宗教としてのヒンドゥー教は、上座部仏教、イスラムが浸透するにつれて衰退していった。

 《A》 ラーマーヤナ

東南アジアのヒンドゥー教徒

 
インドネシアの△△島では、300万のインドネシア人がヒンドゥー教を奉ずる。またマレーシアにはタミール人のヒンドゥー教徒が100万人いる。

ヒンドゥー教を歩く  問題  桑原政則

  1. インド亜大陸は、バ
    ングラデシュ、インド、パキスタン、ブータン、シッキム、ネパール、およびインド半島の南東に位置する△△△△△の7ヵ国からなる。
  2. インダス川の下流域にインダス文明の代表的都市遺跡である△△△△△△△遺跡がある。
  3. インド北東岸の都市カルカッタでなされる△△△△語もヒンディー語と同系の言語である。
  4. アーリア人が、僧侶などの△△△△階級を中軸にして形成したインドの民族宗教をヒンドゥー教とよぶ。
  5. インドでは7月になると、△△△△△が雨をもたらし、草も木も生き返る。ヒンドゥー教の輪廻思想は、植物のこの生死のくりかえしに影響されたものであろう。
  6. インド亜大陸では1年のうちに自然が一時的に死亡し、そして豊かに再生するが、この破壊と再生を象徴するのがヒンドゥー教の△△神である
  7. ヒンドゥー教には、大別して、ビシュヌ派と△△派とがある。
  8. △△△△△△△はBC10世紀の話をもとにして4世紀に完成した約10万頌に及ぶ世界最長の叙事詩である。
  9. △△△△△△物語は民衆のためのヒンドゥー教の聖典で西遊記にも影響をあたえた。
  10. △△△△△△物語は東南アジアの諸国に取り入れられている。インドネシアでは影絵芝居ワヤンに、またバリ島ではケチャック・ダンスの題材となっている。
  11. ビシュヌ神は日常座臥する時は多頭の聖蛇アナンタに乗り、外へ出掛けるときは霊鳥△△△△に乗る。
  12. ビシュヌ神はアナンタという普通7つの頭をもつ蛇に座臥している。カンボジアの△△△△△・ワットにもこの多頭の聖蛇アナンタの彫刻が至る所に見られる
  13. ラクシュミーは△△△△神の妃で、富と幸運、五穀豊饒、商売繁盛をつかさどる人気抜群の女神である
  14. インドには、今も△△に見られるように、苦行によって衰えた肉体の極限において正しい考えが浮かぶという信仰がある。
  15. △△△教は、イスラム教をとりいれたヒンドゥー教の一派でヒゲとターバンで有名である。
  16. 東南アジアでは、ヒンドゥー教の神概念がいきわたっており、ビシュヌ神、シバ神などがよく崇拝されている。また、ヒンドゥー神話やマハーバーラタ、△△△△△△の物語は、東南アジアの舞踊、絵画、文学の中に生き続けている。
  17. インドネシアの△△島では、300万のインドネシア人がヒンドゥー教を奉ずる。またマレーシアにはタミール人のヒンドゥー教徒が100万人いる。