桑原政則 研究室桑原政則の広場

日本文化の特徴  

日本文化の特質は、島国、単一民族に由来
 

日本は、四面を海に囲まれており、国民の大多数が1民族1言語を共有し、近代まで外敵から侵略される恐れがなかった。ここから、

外来文化を貪欲に摂取

人間関係が情緒的

細部に目が届く

という日本文化の特質が生まれた。

 

外来文化に積極的   
 

アジアの多くの国では、外国といえば、自国を植民地化したり、自国の領土を奪うものであり、外国文化とは固有の文化の破壊者を意味した。日本は近代まで、 外敵から侵略される恐れがなく 、国が一つにしっかりまとまっていたので外国恐怖症、外国人嫌い(xenophobia)といったものがなく、外国のものを取捨選択して、自国の意思で、好きな時に好きなように、取り入れる位置にあった。

伝統のものを破壊することなく、調和保存したままで(cf.韓国)、外国の新しいものを積極的に取り入れた。それが日本の近代化の原動力にもなった。

 

日本は大陸から適度に遠い
 

日本は中国大陸から適当に離れていたために、日本は、朝鮮やベトナムとはことなり、 中国大陸の政変の影響をもろに受けることがなかった 。隣の朝鮮は中国と地続きであったために、中国の植民地になり、清の時代だけでも500回以上も侵略された。ベトナムは10世紀にわたって、中国の植民地であった。

中国は、朝鮮とベトナムを、古くから自分の家の裏庭と考えていたようだが、それ以外の地域に対しては、異国を東夷西戎南蛮北狄(とういせいじゅうなんばんほくてき)の化外(かがい)の地とする中華思想のため 領土的野心をもたず 、また 海を伝統的に苦手 としていたので、日本を奪おうとしたことはなかった。

(台湾に本格的移住が始まるのは、中国の4000年にわたる長い歴史の中で今からやっと300年前のことである。また、中国が海洋国家で領土的野心があれば、現在、アメリカ大陸やオーストラリアなどは中国領であろう。)

同じ島国でも、イギリスはあまりに大陸に近すぎたために、大陸の政変をもろに受ける立場にあり、日本とは事情が違う。イギリスは、大陸と半分地続きの準島国といえよう。

 

地続きの国家は、自己主張が強く、保守的  
 

ヨーロッパの国々 のような他国と地続きの所では、 個性が強く、過度に保守的 、効率や快適さを無視しても、かたくななまでに自国の伝統にしがみつこうとする。 そうしなければ自民族が溶けてなくなってしまう かもしれないからである。他国のものを、容易に受け入れると、文化的に侵略され、ついには国家そのものが危うくなることがあるからである。

これらの国は言葉の面でも保守的で、フランスなどでは、外来語をできるだけ排除しようとする傾向が強く、文化侵略を防ぐために、言語障壁を設けている。フランス語の語彙が貧困であるといわれるのは、このためで、外来の新しい概念もすべて自国語でまかなおうとするため一つの単語を様々な意味に使おうとするからである。 ユーロディズニー が、ヨーロッパで不人気なのも、 文化侵略 と写るためということもある。

ユダヤ文明が個性強烈なのも、メソポタミア文明とエジプト文明に挟まれた弱小民族ゆえに、強烈な思想、偶像廃止で自己を武装する必要があったからであろう。この間、ユダヤ民族のまわりでは200の民族が滅亡している。

 

日本は大陸から適度に近い
 

日本は 中国文明圏の政変の影響をもろに受けないが、 文明の影響を享受できるという位置 にいた。大陸に随(581-618)のような強大な統一国家ができると、朝鮮やベトナムは直接的な影響をこうむるが、日本には余震が響くだけで、しかもその余震によって日本はすばやく大陸の新しい動きをとりいれ、部族国家をぬけだし統一国家をつくることができた。(その頃の西欧には、まだイギリス、フランス、ドイツといったような国家はなかった)

フィリピンは、わずかに中国大陸から遠かった ために、大陸のできごとが伝わらず、スペインが侵略を開始したとき(1565年)、日本の古墳時代のように部族国家のままで、隣のクニ(=村=邦=村落国家)をスペインがとっても民族意識が燃え上がることはなかった。フィリピンはその意味で外界の文明が届かない孤島であった。

日本は中国文明圏の一端に位置 することができ、世界文明の流れについていくことができたが、フィリピンは孤島であったためにスペインに植民地化されるまで、太平の眠りにひたりつづけた。これが、日本とフィリピンの運命の分かれ目となった。

 

情緒的な人間関係
 

 国境は動き、民族は入れ代わるのが世界史の常識の常識である。しかし、日本では、長年月にわたりほぼ同一の民族が同一の地に定住し、共通の言語、文化、習慣、価値観を共有することができた。諸外国と比べると、民族問題や宗教問題もないに等しく、価値観の甚だしい対立もない。このため、まとまりのよい情緒的な人間関係社会が日本文化の特色となった。

外来文化への積極性 」と「 まとまりのよさ」で、日本は一気に近代化を達成 することができ、西欧列強の植民地にならずにすんだ。また、このために西欧帝国主義を積極的にとりいれ、戦争を起こすことにもなった。

 

 「まとまりのよさ」が、閉鎖社会を (cf.拙著)  
 

日本社会は均質の風俗習慣文化からなる以心伝心社会である。日本人同士なら、話さなくても理解でき、異質の価値観や宗教観などの調停に時間や労力を使わなくてもすむ。しかし、 このことが口下手、説明下手となり、あいまい語を頻用し、外国では誤解を生みやすい ので、注意する必要がある。日本人がごく当たり前と思っていることでも、国際社会では、1から論理的に時間をかけて説明しないと理解されない。

日本の国際化とは、日本社会が、たとえぎくしゃくしようとも、日本に一定数の外国人を入れ、国内にもが国外があるようにしておくことであろう。

cf.俳句

細部に目が届く  =日本文化の特徴 
 

日本は、国防に無駄な労力や神経を費やす必要がなく、また国が広すぎることなく、民族・宗教問題がなくまとまりがよいので、 細かいところにまで目配りができ そのために 細部に目が届いた洗練された文 を生み出すことになった。

日本人は、自動車、電気製品、エレクトロニクスなど外国人が大まかにつくったものを、改良に改良を重ねて洗練していくのが巧みである。

一方、日本人はユダヤ人のような世界、社会や歴史の全体を説明する壮大な体系の創造は苦手である。フロイトの精神分析、マルクスの唯物論、アインシュタインの相対性理論などは、日本人の得意とするところではない。

日本人は ホームランバッターではないが、 ヒット巧者 である。他の国が苦手とする 細部の洗練さで、つまり世界の職人となって、人類社会に貢献すべき あろう。

 

                                 

つながらないページをゼヒお知らせください。 桑原政則 研究室
Copyright 2000 (c)Kuwabara Lab. All rights reserved. kuwabara@tiu.ac.jp