
日本文明と西欧文明の並行進化論 *川勝平太『文明の生態史観』の図を修正
世界八文明:西欧、日本、中国、ヒンドゥー、イスラム、スラブ、ラテン・アメリカ、アフリカ。 by ハンチントン *八文明の地図
-
- 日本と西欧は、かつては辺境地域→ 封建制→ ブルジョワシー支配→ 高度資本主義、へと変容
- 大陸の大帝国は、遊牧民による破壊と征服活動により、栄枯盛衰をくり返す。封建制、ブルジョワジー支配を経験せず、大帝国の共同体が足かせとなり、資本主義が未発達。
- 近代史は、16世紀の東南アジアからはじまる。日本と西欧は、16世紀の東南アジアの時空を共有していた。近代の母体は東南アジアである。木綿、砂糖、陶磁器、
- 日本の近代は、西欧の近代化と同じくと16世紀後半からはじまる。
- 乾燥地帯からの巨大な戦争圧力に対する防衛として、国家ができた。東南アジアからの経済的な圧力を受けて、日本と西欧に近代文明ができた。
- 日本はアジアではない
- 日本と西欧の思想、科学の源泉: 中国文明→日本= イスラム文明→ 西欧
- 日本と西欧への海の影響:
- 東シナ海=西地中海: 東シナ海文明圏が成立した、7,8世紀から16,7世紀にかけて中国、日本は東シナ海を舞台に盛んに交流した。
- 南シナ海=東地中海 【@@作図】
- 東南アジアは世界の貿易センター。16,7世紀に日本と西欧は東南アジアより物産を購入していた。
- 17世紀までは、日本は中国経済圏の一部、西欧もイスラム文化圏にあった。
- 東南アジア=東ヨーロッパ: この地域はやられっぱなし。日本と西欧は無事。
- 日本の近代:16世紀後半
唯物史観は、生態史観のひとつのケース
梅棹忠夫『文明の生態史観』の意義 (梅棹忠夫、川勝平太「『文明の生態史観』の歴史的・今日的意義」『季刊民族学』第86号、1998年)
- 文体のやさしさ
- 文明学の先駆
- 社会体制への先見性:ソビエトの崩壊の予見
- ヨーロッパ中心主義からの離脱
- フィールドワークの重視
- ユーラシア大陸の歴史を空間論として提示
- 牧畜革命と農耕革命を対等に位置づけ
- 中洋の発見
- 日本とヨーロッパの平行現象
- 地球のシステム観
- 比較宗教論
日本のとるべき道
- 西太平洋国家連合= 同経度連合= 島嶼連合 西は凶 台湾、フィリピン、インドネシア、パプア・ニューギニア、オーストラリア、ニュージーランド
【@@作図】
【メモ:】
- 東大系はヨーロッパの変電所。アジアから日本を見る視点がない
- 唯物史観の段階説(狩猟→遊牧→農耕)の間違い。牧畜革命と農耕革命は対等である。どちらの革命が出てくるかは、気候によって決まる。
- 草原が豊かになると、馬の数が増えて、人間の数も増えるので、農耕社会に侵入していく。農耕民は、これに対抗するために国家をつくった。
- 史的唯物論: 奴隷社会→農奴制→封建社会→資本制。中国の秦、漢は独裁的な中央集権国家で、以降封建制はなかった。
- 日本の知識人の弱点:実証精神をもっていない。
- 西欧はイスラム世界を無視
- 中国の紙の伝播:唐→ サマルカンド→ アッバース朝のバグダット→ エジプト→ イベリア半島のイスラム世界(12世紀)。紙もアリストテレスの著作もイスラムから。
- 大陸の政策は領地の獲得、強力な政治権力。島嶼は貿易、外国の物産への依存。
- 東南アジアには対外侵略のための軍事志向の国はない。
- 明治維新が影響を与えたこと:清朝の崩壊(←日清戦争)、ソ連の誕生(←日露戦争)、オスマントルコの崩壊(←ケマル・アタチュルクのもとの西欧式国家)
- 宗教は、それぞれの生活地域から出てくる疫病
- 東南アジアは、ブラックホールのように何でも受け入れる。:ヒンドゥー、イスラム、キリスト教、儒教、
文献
- 梅棹忠夫『文明の生態史観』中央公論社、1967年
- 梅棹忠夫編『文明の生態史観はいま』中央公論社、2001年
- 川勝平太『文明の海洋史観』