マレーシア略史
1957年マラヤ連邦独立
1963年マレイシア成立(シンガポール、サバ、サラワクを加える)
1965年シンガポールが分離、独立
キーワード
イスラム文化 インド文化 クアラルンプール 中国文化 スズ鉱山 ゴム園 ペナン島 マラッカ ティオマン島 コタバル キナバル山 クチン マラッカ海峡 ムスリム女性の服装 マハティール マレーシア国旗
南タイのマレー
| △△△語は海域東南アジアの共通語 |
今のマレーシア、シンガポール、インド
ネシア、ブルネイは、その昔何百という小国、部族に別れており、言葉も文化も独自のものをもっていた。バリ島一つとっても5か国に別れており、それぞれが別の言葉をしゃべっていた。西はスマトラから、東はニューギニアに至る地域の貿易などの共通語(リンガ・フランカ)の役割を果たしていたのが、△△△語であった。
△△△語は、当時はムラユ語と呼ばれ、マラッカ海峡を囲む地域で話されていた。初めは商人間の交易語として用いられ、次第にこの海域東南アジアの共通語となっていった。マラッカが東西交通の要衝であったことと、発音や文法が簡素であったために急速に普及した。
マレー |

屋台。 |
| マレー語とは? |
マレー語とは、マレーシア、△△△△△△、インドネシア、ブルネイ、タイ南部、フィリピンの一部で話されるマラヨ・ポリネシア語(オーストロネシア語)の総称である。マレー語は、マレーシアではマレーシア語、インドネシアではインドネシア語と呼ばれる。マレー語は、発音は日本語のように簡単で、△△△字発音でよい。母音も6つしかない。文法も中国語のように簡単で、冠詞はなく、動詞や形容詞も変化しない。語順は、タイ語やベトナム語と同様に、<私+好きです+花+赤い>となる。マレー語が、世界の共通語であったら、今世界の人々は英語学習についやす100
分の1の労力で、他の国の人と自由に会話を楽しむことができるであろう。
eは,2種の発音を有する。現行の正書法では用いられていないが、無用の混乱を避けるためには、eが[e](エ)を、無記号のeが[曖昧母音](ウ)を、表すように、区別して用いたらよいだろう。どちらの発音かまよったばあいには、曖昧母音で発音しておけばよい。曖昧母音が8割を占めるからである。
シンガポール |

マレーシア語、中国語、アラビア語、タミール語が
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| マレーシア語の位置 |
マレーシアでは、マレーシア語の普及率は、インドネシアにおけるインドネシア語ほどは高くはない。それは以下の理由による。
華人系、△△△系の人口が3割、1割とほぼ人口の半分近くを占め、彼等が経済の実権を握り、華語、インド語、英語を使っていたこと。
イギリスの植民地時代における英語の浸透が、インドネシアにおけるオランダ語よりもはるかに深かったこと。
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英語がオランダ語にくらべ、国際的であること。
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インドネシアでは、インドネシア語がインドネシア国民形成のシンボルを果たしたが、マレーシアでは、つい最近まで、そうではなかったこと。
インド |

麻薬所持は死刑 |
| マレーシアの気候 |
マレーシアは熱帯にあり、平均気温は27度で、1年中高温□□である。しかし夜から朝にかけては意外に涼しい。
多湿 |
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| マレーシアの州 |
マレーシアは△△州(数字)からなる。このうちマレー半島にある西マレーシアに11州が属する。東マレーシアはボルネオ島の西北部を占める。マレーとは、南インドのドラヴィタ語起源のサンスクリット語で<山>のことである。マレー半島には山地が多いからであろう。マレーシアは、台湾と同じく、西海岸側が発達している。日本とは、逆である。
*マレーシア各州地図
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レストランで6人で食しても日本の一人分。1992年 |
| マレーシアの首都=△△△△△△△△ |
△△△△△△△△は、マレーシアの首都である。熱帯樹に彩られた町で、古い西欧風の建物、モスク、高層ビルとエキゾチックな趣をただよわせている。マレー半島の西側、山地と低地の接点にあり、二つの川がここで合流する。マレーシア語で「泥んこの河口」を意味する。「クアラ」が河口を意味する。
1857年二つの川の合流点に錫(すず)鉱山の町として誕生、採掘した錫を洗うため、川水はいつも濁っていた。人口は100
万人を越える。民族構成比は、マレー系3割、華人系5割、インド系1割となっている。イポーと共に、華人系は広東人が多い。土地っ子は、頭文字をとって「KL(ケーエル)」とこの街を親しみを込めて呼ぶ。
クアラルンプール |
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| ブキット=「丘」 |
ブキットbukit とは、マレーシア語で「丘」の意味である。タイ領の有名な観光地で、東洋のハワイと呼ばれるインド洋に面して浮かぶ△△△△△島は、bukit
に由来する。
プーケット |
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| 南タイの△県は、マレーシア系 |
南タイの△県(=数字)の住民のほとんどはマレーシア系である。これら△県はかつてマレーシア領であった。150万人のマレーシア語の話し手がいる。
*南タイの地図 ソンクラ ヤラー パタニー ナラチワット
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| マレーシアは東西の十字路 |
アジアの中心に位置するマレーシアは、紀元1世紀頃から東西の十字路であった。中国、インド、△△△△、西欧などの文化と東南アジアの文化が合流し、さながら万華鏡のような趣をもっている。この意味で、この国は、昔からインターナショナルであった。
イスラム |

船着き場。対岸はタイ領なので税関の手続きが必要。
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| 錫開発とゴム栽培 |
マレー種族は、紀元前数千年前から雲南地方から渡来したといわれる。マレーシアは、1800年代後半まではマレー人しか存在せぬ単一民族国家であった。
しかし△△△△の植民地政策により、1800年代後半から中国人が錫開発のために、インド人がゴム栽培のために大挙招来された。マレー人は、大部分が農村に暮らすようになった。現在では実質的に華人系がマレーシア経済を独占している。
イギリス |
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| ケダ州 |
ケダ州は、マレー半島の西側の最北にあって、タイと国境を接する。マレーシアーの米作地帯で、マレーシア全体の米の半分以上を産する。ケダ州は、マレーシアの中で最古の歴史を持つ州で、現在の王家の祖先は遠くヒンドゥー時代までたどることができる。
石器時代の初期の遺物もケダ州にはあり、またヒンドゥー教、仏教時代の遺跡のあるのもマレーシア全土でこの州だけである。州都アロースターには、タイ様式の音楽堂などユニークな建物が多い。また、ここは△△△△△△現首相の出身地でもある。
マハティール |
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ペラ州 |
ケダ州の南のペラ州は,錫の産出ではマレーシア随一を誇る。20世紀初めから、ヨーロッパ系企業が錫採鉱に着手し始めるようになると、鉱山労働者として多くの中国人が移住してきた。そのため州都である錫の町△△△は、中国人鉱山労働者が多くを占めるようになった。
なかでも広東地方の出身者が多いのが特徴であり、△△△の広東料理はうまいので定評がある。洞窟の仏像で有名であり、美人の産地でもある。
イポー |
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| △△△島 |
△△△島は、東洋の真珠と呼ばれ、海岸沿いにはリゾートホテルが立ち並ぶマレーシア最大の観光地のひとつである。人口100万で近代的なビルが立ち並ぶ。マレーシアで華人系(福建人)の割合が一番多い所である。州都はジョ―ジタウンである。1786年イギリスによって、貿易基地として植民地化された。マレーシア最大の錫やゴムの商業港でもある。ペナン大橋によって、本土と繋がっている。島は、亀の形をしている。
△△△とは檳榔樹(びんろうじゅPulau Pinang)のことで、高さ約20メートの椰子(やし)の一種である。マレーシア語では、ピナンPinangと発音される。
ペナン |
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| マラッカは、かつて△△△△△、オランダの植民地 |
マラッカ地域は1511年より△△△△△の、1641年よりオランダの植民地となった。1824年よりマレーシア全体がイギリスの植民地となる。マレーシアは1957年に独立し、1965年にシンガポールがここから離脱する。
ポルトガル |

オランダ風の教会 |
| 歴史の街=△△△△ |
歴史の街△△△△は、△△△△州の州都で、マレーシア最古の街である。15世紀に古代マラッカ王国の基礎が築かれて以来、東西貿易の中継港として、東西文明史の舞台で活躍して来た。
またここは、マレー世界全体(マレーシア、インドネシア、ブルネイ、フィリピン南部)へのイスラム教伝播の中心地ともなった。16世紀以降、ポルトガル、オランダ、イギリスの植民地となった。
マレーシア国内で最も歴史の古い町で、アジア最古のポルトガル、オランダ、イギリスなどのヨーロッパ調の建築物を初めとして、インド、中国、マレー様式の古い建物が残っている。日本にも布教にきたサンフランシスコ・ザビエルの像もここにある。ザビエルはここで死去した。
なお、ペナン、△△△△、シンガポールは、かつてイギリスの海峡植民地strait coloniesといわれた。
マラッカ |
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| マレーシア最南端の州=△△△△△州 |
△△△△△州は、マレーシア最南端の州である。隣国のシンガポールとは全長1キロの陸橋で結ばれている。かつて△△△△△王国を築き、今のマレーシア本土およびスマトラの主要部を支配し、栄えた。
州都であるジョホール・バルは、新興工業国シンガポールに隣接し、マレーシアの中で最も開発の進んだ都市となっている。福建系の華人が4
割を占める。往時、近衛師団の“銀輪部隊”が南下した道でもある。
ジョホール |

傘だけの税関。毎日シンガポールへ通勤する人も多い。
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ブースの向こうがシンガポール
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| パハン州とトレンガヌ州 |
ジョホールに隣接する東海岸側(南シナ海)に面するパハン州は、半島マレーシア内で最大の州である。美しい海岸線を持ち、ビーチリゾートが発達している。高原リゾート、滝、洞窟など観光資源にも富む。州都はクアンタンで、地中海クラブもあり、保養地として名高く、国際空港がある。州南部のティオマン島は、美しい海と白浜がほとんど荒されていず、リゾート地として、有望な潜在力をもっている。ミュージカル『南太平洋』の舞台となった。
また、パハン州に北接するトレンガヌ州は、240キロ以上に及ぶ美しい海岸線と、大海亀の産卵で有名である。この地方には、マレー人の伝統的な△△△△(=村)がたくさんあり、のんびりしたマレー人の生活を見ることができる。
カンポン |
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| コタバル |
ケランタン州は、東海岸側の最北の州である。マレーシア人の心のふるさとといわれ、住民もほとんどがマレーシア人である。イスラム色が濃く、今日でもマレー人の素朴な生活が色濃く残っている。凧、コマ、銀細工、影絵芝居など伝統芸能が盛んである。
タイと国境を接しており、町はずれにはタイ領事館もある。州都のコタバルの浜辺は、□□□戦争の開戦(1941年12月8
日)と同時に日本軍が上陸した地でもある。コタkotaとは町のことである。コタバル、ジョホールバルのバルbahru
は新しいという意味である。
太平洋 |
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| 東マレーシア |
東マレーシアは、△△△△島の西北部を占め、サバ、サラワクの2州からなる。かつてはブルネイと共に、イギリスの植民地であった。また、島の3分の2を占めるカリマンタンと呼ばれる東南部のインドネシア領は、オランダ領であった。
東マレーシアは、まれ半島のマレーシア半島の東海岸とまぎらわしいので、ボルネオ・マレーシアとよばれることもある。
ボルネオ |
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サバ州 |
サバ州はボルネオ島の北部に位置する。この州の形は、□の頭に似ているといわれる。大きさはアイルランドほどである。ここの主要民族はカダザン族などの先住民族(indigenous
minority)であり、マレー人は比較的新しい移住者である。
州都コタ・キナバルには華人が多く住み、フィリピンのミンダナオ島やスールー諸島からのフィリピン人も住む。約100
万の人口を有する。キナバル山は4000m 以上あり、東南アジア一の高さを誇る。
サバ州第2の都市サンダカンは、山崎朋子の『サンダカン八番娼館』(文春文庫)の舞台である。オランウータンの保護施設もある。
かつてイスラム系フィリピン人のサルタンが領有していたところから、フィリピン政府はマレーシアよりの返還を要求している。
犬 |
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サラワク州 |
サラワク州はボルネオ島の西北部に位置するマレーシアの中で最も大きい州である。 北海道と九州をあわせた大きさで、マレー半島11州の全面積と同じ大きさである。人口は180万で、うち先住民族が120万を占める。最大部族はサラワクの人口の30%を占めるイバン族である。
もともとここは隣の△△△△王国の領地だった。19世紀にイギリス人ジェームズ・ブルックがこの地方に自分の王国を建設した。その統治は第二次大戦の日本軍による占領まで続いた。1963年にマレーシア連邦に参加した。ここではマレー系は多数派ではなく、主要民族はイバン族であり、全人口の30%を占める。その他に20種以上の種族が居住する。
州都クチンには、ブルック王国時代に建立のヨーロッパ風の建物が残る。ここでは、モスク、教会、仏教寺院、ヒンドゥー寺院など、多彩な宗教・文化が混在している。クチンとは、マレーシア語で「猫」のことで、「猫博物館」がある。また世界的にも評価が高い「サラワク博物館」もある。
ブルネイ |
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鄭和の大航海 |
明の時代に、鄭和(ていわ)は、1405年から1433年までの29年間に7次にわたる大航海を指揮した。航海は、東南アジアから、インド、ペルシャ、アラビア、東アフリカにおよんだ。コロンブスの航海より90年も早く、規模も壮大であった。
鄭和は、マレーシアの△△△△の地理的重要性に着目して、租界(外国人用の居留地)をつくった。△△△△では、ティエン・ホー将軍としていまだに祭られている。鄭和はイスラム教徒であったといわれる。
マラッカ |
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民族的な職業区別 |
マレーシアでは、マレー族、漢民族、△△△民族などの様々な民族が固有の文化を保ち、お互いに溶け合うことなく共存する。
人口構成は、マレー系60%、華人系30%、インド系10%である。華人系の多くは19世紀に錫鉱山の採掘者として、インド系はゴム園労働者として、渡来した。こうして初期には、稲作=マレー人、錫鉱山=中国人、ゴム園=△△△人という民族的な職業区別が生じた。マレーシアの全人口は、1800万である。
インド |
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福建系と□□系の華人 |
ジョホールとペナンには福建系の華人が、クアラルンプールとイポーには、□□系の華人が多く住み、多く住む。
広東 |
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△△△△海峡=日本の生命線 |
△△△△海峡は、マレー半島とスマトラとの間にあり、約800kmある。しかし幅は、狭いところでは40km しかない。タンカー銀座と呼ばれ、日本の輸入原油の80%はこの海峡ルートによっており、日本の生命線ともよばれる。
マラッカ |
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ケンタッキー・フライド・チキン |
マレ―シアは、マレ―人、中国人、インド人からなる複合民族国家であるが、宗教上の理由から、イスラム教徒のマレ―人は□の肉を、ヒンドゥ―教徒であるインド人は牛の肉をたべない。
ケンタッキー・フライド・チキンが人気があるのは、両方の肉を使っていないからである。
豚 |
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左手は□□ |
マレーシア人は、素手で食事を食べる。これは、日本人がお握りやすしを手づから食べるとおいしく感じるのと同様である。右手をつかって食べる。左手は□□とされている。ものの受け渡しの際も、右手でのみおこなう。
人や物を指差す時は、親指でおこなって、人差し指は使わない。
さらに、ムスリムの女性は肌を出さない。男性も半ズボンをはくことは好ましくないとされる。一般に怒りをあらわに出すのは、低級な人物とみなされる。
不浄 |
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ブミプトラ政策 |
ブミプトラ(Bumi Putra)政策とは、△△△人優遇政策のことで、△△△人の経済的地位の向上をめざす政策である。会社、官庁の採用や大学の入学定員も△△△系6
割、華人系3 割、インド系1 割の人口比率によってなされる。大学教育においても、かつては英語によっていたが、現在では△△△系に有利なようにマレーシア語が推進されつつある。
華人系、インド系は、たとえブミプトラより優秀であっても締め出される傾向にある。ブミプトラとは「土地の子」という意味である。
マレー |
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ルック・イースト政策 |
ルック・イースト政策とは、これまでの□□一辺倒主義をあらためて、日本や韓国に学べという政策で、1981年マハティール元首相が提唱した。日本などの東洋の労働倫理、経営の方法、組織の方が□□にまさるとし、東を向いて学ぼうというもので、この政策は成功を治めつつある。
ルック・イーストLook East 政策により、これまでに日本に3千人以上のマレーシア人が留学した。また1986年には100%外国資本による進出を認める画期的な外資導入政策を決定した。これにより、約1000
社にわたる日本企業がマレーシアに進出している。マレーシア経済は、過去8年間年率8%以上の成長率をとげている。
欧米 |
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「2020年構想」 |
「2020年構想」とは,マレーシアを2020年までに□□国の仲間入りをさせようとする構想である。マハティール元首相が提唱した。
先進国 |
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△△△△△△首相 |
マハティール元首相は、東南アジアでシンガポールのリー・クアン・ユーに次ぐ大政治家と考えられている。1953年にマラヤ大学の医学部を卒業した。政治と経済の両面に渡り、強力な指導力をしめしてきた。
政治面ではブミプトラ政策を軸に多民族国家のマレーシアをまとめ上げ、経済面ではルック・イースト、外資導入などの振興策を実施して、マレーシアを途上国の優等生におしあげた。
ブミプトラ政策、ルック・△△△△政策、マレーシア株式会社構想、「2020年構想」などいずれも時代を先取りするビジョンである。自分の息子3人を日本に留学させた。今までに日本の工場を1000ほど見学したという。
イースト |
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マレーシアの国旗の三日月=△△△△の象徴 |
マレーシアの国旗は、三日月と星からなる。三日月は△△△△の象徴である。星のとがった部分(尖塔)は14ある。これは13の州と連邦政府をあらわす。三日月と星は、黄色であらわされるが、これは、王家の色である。
イスラム |
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国王 |
マレーシアの国王は5年任期で互選される。9州に△△△△(州の王)がおり、この9人の中から5年に1度選ばれる。国王や王族の権利を制限する動きが見られる。
サルタン
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■イスラム教については、インドネシアの項、イスラム文明を歩くを参照■ |
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マレーシアを歩く 問題
- マレーシアには、1800年代後半から中国人がスズ開発のために、△△△人がゴム栽培のために大挙招来された。
- マレーシアの人口構成は、マレー系60%、華人系30%、△△△系10%である。華人系の多くは19世紀に錫鉱山の採掘者として、インド系はゴム園労働者として、渡来した。こうして初期には、稲作=マレー人、錫鉱山=中国人、ゴム園=△△△人という民族的な職業区別が生じた。
- マレーシアは、紀元1世紀頃から東西の十字路であった。中国、インド、△△△△、西欧などの文化と東南アジアの文化が合流し、さながら万華鏡(まんげきょう)のような趣をもっている。
- △△△島は、東洋の真珠と呼ばれ、マレーシア最大の観光地のひとつである。
- 歴史の街△△△△は、△△△△州の州都で、マレーシア最古の街である。
- マラッカ地域は1511年より△△△△△の、1641年よりオランダの植民地となった。
- 東マレーシアは、△△△△島の西北部を占め、サバ、サラワクの2州からなる。
- 東マレーシアのサバ州は、形が□の頭に似ている。
- 東マレーシアの△△△△山は4000メートル以上あり、東南アジアで一番高い。
- ブミプトラ政策とは、△△△人優遇政策のことである。
- 「2020年構想」とは,2020年までに先進国になろうとする構想で△△△△△△前首相が提唱した。
- △△△△海峡は、マレー半島とスマトラ島の間にあり、日本の生命線ともよばれている。約800kmあるが、幅は、狭いところでは40km
しかない。
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