マレーシアの川柳のページです。
| 文明の十字路
《文明の 交差する國 マレーシア》 |
アジアの中心に位置するマレーシアは、紀元1世紀頃から東西の十字路であった。中国、インド、イスラム、イギリスなどの文化と東南アジアの文化が合流し、さながら万華鏡のような趣をもっている。この意味で、この国は、昔からインターナショナルであった。マレーシアを旅すると、東南アジアばかりでなく、中国、インド、イスラムの風俗習慣、生活様式マレーシアは文明の十字路である。マレー系はイスラム教徒であるし、住民の3割は中国系、1割はインド系であるので、イスラム文明、中国文明、インド文明の生活様式に肌で接することができる。 |
| あいさつ
《アパカバー カバーバイクで にーこにこ》 |
マレーシア語をかたことでも話すと、マレーシアの人はにこにこしてすぐ心をひらいてくれる。アパカバー(Apa khabar?)とは、「おげんきですか。」ということで、それに対しては、カバーバイク(Khabar baik)とこたえる。 マレー語は、マレーシアではマレーシア語、インドネシアではインドネシア語と呼ばれる。マレー語は、発音は日本語のように簡単で、ローマ字発音でよい。母音も6つしかない。文法も中国語のように簡単で、冠詞はなく、動詞や形容詞も変化しない。語順は、タイ語やベトナム語と同様に、<私+好きです+花+赤い>となる。 マレー語が、世界の共通語であったら、今世界の人々は英語学習についやす100 分の1の労力で、他の国の人と自由に会話を楽しむことができるであろう。 |
| マハティール
《マハティール アジアの民の 夢背負い》 |
マハティール首相は、東南アジアでシンガポールのリー・クアンユーを継ぐ大政治家として脚光を浴びつつある。政治面ではブミプトラ政策(マレー人優遇政策)を軸に多民族国家のマレーシアをまとめ上げ、経済面ではルック・イースト、外資導入などの振興策を実施して、マレーシアを途上国の優等生におしあげた。ブミプトラ政策、ルック・イースト政策、マレーシア株式会社構想、「2020年構想」などいずれも時代を先取りするビジョンである。 ルック・イースト政策とは、日本や韓国に学べという政策で、日本などの東洋の労働倫理、経営の方法、組織の方が西欧にまさるとし、東を向いて学ぼうというものである。マレーシア経済は、過去8年間年率8%以上の成長率をとげている。「2020年構想」とは、マレーシアを2020年までに先進国の仲間入りをさせようとする構想である。マレーシア経済は、過去8年間年率8%以上の成長率をとげている。 |
| 多民族国家
《マレーシア、 マレー・中国・ インド人、我関せずで 静かに共存》 |
マレーシアでは、マレー族、漢民族、インド民族などの民族が固有の文化を保ち、お互いに溶け合うことなく共存している。マレーシア1800万の人口構成は、マレー系60%、華人系30%、インド系10%である。華人系の多くは19世紀に錫鉱山の採掘者として、インド系はゴム園労働者として、渡来した。こうして初期には、稲作=マレー人、錫鉱山=中国人、ゴム園=インド人という民族的な職業区別が生じた。異民族は所詮理解しあえないもの、融合とか相互理解とか叫ぶよりも、我関せずで、暮らしていく方が、現実的で生産的なようだ。 |
| ポリグロット
(polyglot)
《バス車掌 2、3カ国語は 当たり前》 |
多民族国家マレーシアで住むには、マレーシア語、中国語、インド語、英語などを少しでも話せることが必要である。ペナンのインド系のバスの車掌は、ポリグロット(数か国語がわかる人)で、マレーシア語の他にインドのタミール語、中国語、英語をしゃべっていた。 |
| ペナン島
《ペナン島 マレーシアでは 別世界》 |
タイのバンコクから汽車に揺られて、20時間、単調なジャングルの中から、忽然と海をへだてて姿をあらわすのが、ペナンである。東洋の真珠とかってうたわれたペナン島は、高層ビルが建ち並び、海岸沿いには一流ホテルが覇を競いあう近代都市だが、自然も豊かで、食の天国ともいわれ、まるでマレーシアの別世界のようである。 |
| 《ペナン島 食べるとこなら どこにでも》 |
ペナン島は、食の天国よばれていて、いたるところに屋台やレストランが広がっている。夜の8時や9時はピーク時で、11時、12時まであいている店もある。 |
| 台湾人
《ペナン島 台湾人には 我が故郷》 |
ペナン島で、大多数を占める住民はマレーシア人ではなく、中国人、なかでも福建系である。台湾では福建語のことを台湾語という。台湾人にとっては、ペナンでは台湾語が通じるし、もちろん北京語、英語も通じる。気候もおあつらえ向きである。食べ物も豊富である。そんなわけで、ここを訪れたり、ここのコンドミニアムを購入したりする人は多い。ペナン島は台湾人にとって、まだ見ぬ故郷のようなものである。 |
| コムタ・タワー
《ペナン島 コムタ・タワーが 出発点》 |
| コムタ・タワーから、ピナン・ロードに沿って、散策すると、旧きペナンの街の様子がよくわかる。コムタ・タワーに旅行案内所があるので、地図を買い、順路をマーカーでなぞってもらうとよい。
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| マラッカ
《マラッカは 旧きマレーの 中心地》 |
歴史の街マラッカは、マレーシア最古の街である。15世紀に古代マラッカ王国の基礎が築かれて以来、東西貿易の中継港として、東西文明史の舞台で活躍して来た。またここは、マレー世界全体(マレーシア、インドネシア、ブルネイ、フィリピン南部)へのイスラム教伝播の中心地ともなった。1511年にポルトガルの、1641年よりオランダの、1824年よりイギリスの植民地となった。マレーシア国内で最も歴史の古い町で、アジア最古のポルトガル、オランダ、イギリスなどのヨーロッパ調の建築物を初めとして、インド、中国、マレー様式の古い建物が残っている。 |
| 海外の旅
海外へ 始めていくなら マレーシア |
マレーシアは親日国で治安が比較的よい。まだ物価も安く英語も通じないわけではない。英語の勉強になる上、比較的他国よりもいろんなところをまわれるのでないだろうか。英語、漢字が通じ、お店の看板などの街の至る所にローマ字表記でかかれており、日本人にとって言葉が通じる、海外旅行に便利な国である
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