目次
(2007年2月25日)
長野県は、山や谷で地域が隔てられ、信州合衆国とよばれるほど地域の対立が強いところです。1948年県庁が一部焼失したのを機に、長野県と筑摩県への分県が討議され、分県派が優勢となりました。
議会で分権が採決されようとしたとき、傍聴席から県歌「信濃の国」の大合唱がわき起こり、分県案はついえ去りました。 「信濃の国」が長野県を救いました。
「信濃の国」は日本一有名な県歌です。小中高ではことあるごとに歌われており、長野県人はみんな「信濃の国」を歌えます。ダンスバージョンもあります。英語版もあります。(2007年2月25日)
信濃の国 【音声】。 「信濃の国」 英語版 :英語歌詞
1
2
3
4
5
6

▼
長野県諏訪市の薬局にリステリンを求めに入りました。当地では空気が乾燥しています。
▼
大学では卒論の提出を控えた学生諸君がカゼに悩まされています。ことのついでに人の良さそうなアルジにたずねました。「カゼがはやっていますが、風邪薬って、飲んだことないのですが、効くんですか?」
「ほとんど効かないでしょう。これを読んでみてください」と店主はほほえみながら「かぜと食事」と題されたプリントを渡してくださいました。
▼
不思議に思い、ネットサーチしてみました。同様のサイトがありました。
*風邪を引いたときの食事は? 漢方系のカゼ対策です。

(2004年12月4日)

諏訪清陵(すわせいりょう)高校。県立ですが「立」がありません。
▼
かつて岩波書店の雑誌『世界』が一斉を風靡(ふうび)していた頃、「風呂に薪(まき)をくべている間でも、長野のおばあさん達は『世界』をよんでいます」と喧伝(けんでん)されたものでした。教育県、といえば、…、長野県でした。
▼
しかし大学への進学率で長野県は29位に急落しています。
*長野県 【地図】
*統計で見る長野県のすがた2004年 >
【Excel】教育
*47位は鹿児島県です。明治維新を用意した鹿児島県が最下位とは、うたた感懐を禁じ得ません。
▼
いまわたしは、長野県諏訪市にいます。
*諏訪市役所
*諏訪地方観光連盟
▼
この地方の名門高校は、諏訪清陵(すわせいりょう)高校です。
)諏訪清陵の校歌は全国一長いそうです。 校歌は8番まであります。
第2校歌もあります。
♪ ああ博浪の槌とりて
打破せむ腐鼠の奴ばらが
弥生半ばのこの夢を ♪
♪ おしてる難波(なにわ)の群葦(むらあし)の
世は昏々(こんこん)と華(か)に眠り
赳々武夫(きゅうきゅうぶふ)のおもかげは
氷に鏤(え)りし玉楼の
消えて跡なしあなあはれ ♪
読めません。頭でっかちで、体がついていってないようです。抽象論、机上の空論、書生談義で岩波の固い本を彷彿(ほうふつ)させます。 (身内のつもりで辛口のコメントです。)
▼
ここ諏訪には、本陣
岩波家 もあり、岩波という姓が多いです。
*岩波 Yahoo!電話
岩波書店の創業者 岩波茂雄も諏訪市の出身です。漱石の作品を出版したのが岩波書店のはじまりです。
▼
激動の時代には、現地現場、フィールドが大切です。頭でっかちは時代にあわないようです。
長野の大学進学率の急落因は、

考えてばかりいないで、歩き回ったら…、という声も (w。)
諏訪清陵高等学校第2校歌は、10番まであり日本一長いといわれています。
▼諏訪清陵高等学校第1校歌
一、
♪東に高き八ヶ岳
西にはひたす諏訪の湖
大和島根の脊梁と
信濃にしるき秀麗の
湖山の中に聳え立つ
吾が学び舎を仰がずや ♪
以下八番まであります。
▼諏訪清陵高等学校第2校歌
ああ博浪の槌とりて
打破せむ腐鼠の奴ばらが
弥生半ばのこの夢を
一、
おしてる難波(なにわ)の群葦(むらあし)の
世は昏々(こんこん)と華(か)に眠り
赳々武夫(きゅうきゅうぶふ)のおもかげは
氷に鏤(え)りし玉楼の
消えて跡なしあなあはれ
二、
空しかるべき男の子やも
いで独歩せむ天地に
鷲がかかなく八岳の
山高の骨ゆく青雲の
高き志を身に負ひて
三、
開かばならむ梓弓
春の古城のはつ花と
躍らばならむ天龍の
風雲紫閃の間より
空を凌がむ勢と
四、
怪鳥かけらふわたつみの
中に碁布せる乱島や
雲たち迷う国原の
青人草はたによりて
平和の二字を得むとする
以下10番まであり、下が続きます。
朱曦八荒を照らすとき
芙蓉峰頭一点の
理想の花の咲かむまで
(2004年12月4日)(2006年5月3日)
長野県の男性は日本一の長寿者になりました。しかし、ある信州の古老が嘆息していました。
「塩分を控えて、長生きするようになったが、
かわりに脳がしまらなくなってブヨブヨして、偏差値がカクーンとさがったずら。塩とらなきゃ、力出ねーずら」
日本一の長寿地域は、奄美地域です。鹿児島に属するので、統計では見えないだけです。ここでは 塩飴などの塩分をしっかりとっています。
(2004年12月)(2006年5月4日)
<県民性ワールド より
長野の男性:
真面目を通り越して,冗談も通じない堅物。頑固で融通が利かないから,つきあいにくい。理屈っぽく議論好きで,何事にも裏付けを求める合理的人間。長寿全国一なのは規則正しい生活をしているから。ギャンブルはたしなむ程度。北に行くほど内向的,県南の飯田あたりは情緒的な人が多い。
長野の女性:
目立たないが,真面目でしっかりとした考え方をもつ現実主義者。男性に比べて柔軟性もある。自分を押さえているわりに,ストレスも貯めないから,長生きする。一見愛想は良くないが,落ち着いた大人の色気をもつ人も多い。
(2004年12月5日)(2006年5月5日)

諏訪湖畔の廃工場跡。さとりの映画 「『いま、会いにゆきます』」の舞台にもなっています。
▼
精密工業がウリの諏訪は、工場の中国シフトで不況の真ただ中にあります。
タクシーの運転手が言っていました。「ひと頃は月35万円の売り上げがあったが、今は20万前後になってしまいました。」
*長野県諏訪市の位置 【地図】
*データで見る諏訪地方(統計情報)
*【PDF】倒産の推移・件数(PDF8.44KB) 2004年8月
*倒産速報
丸光(まるみつ) 諏訪のシンボル デパート
*長野・田中不況の深刻
▼
不況の原因は、諏訪の工場群の中国シフトにもあります。

工場の中国シフト:地方はガラガラになりますが、東京は中国工場からの収入で影響はありません。
▼
いま世界は工業技術の伝播期にあります。この技術が仕上がった伝播期にあっては、技術自体には優劣はなく、労働コストの安い後発国のほうが有利な立場になります。
工業技術の進展史
| 製造国 | ||
| 1760-1840 | 勃興期 | イギリス |
| 1840-1930 | 拡大期 | ドイツ、アメリカ |
| 1930-1990 | 完成期 | アメリカ、日本 |
| 1990- | 伝播期 | 世界諸国 |
▼
IBMがコンピュータの生産をやめるのも、アジアの大半で、プラスチックのおもちゃを作れるのと同じくらいのやさしさで、コンピュータ機器を下請け生産できるようになってきているからです。
▼
工業技術の世界各国での爆発的展開は、1990年にはじまっていました。製造業の海外シフトは規定のコースでした。これを予見し、おさおさ怠りなかったところと等閑視していたところのギャップは、今後さらに拡大します。
世界は、いまよいところを選択し、そこにヒト、モノ、カネを集中するようになっています。「選択と集中の時代」です。
(2004年12月6日)(2006年5月6日)
▼
地方公共団体の財政力を示すには、財政力指数を用います。指数1は国からの援助を必要としません。1を超えるほど財源に余裕があります。
長野県は全国第19位です。
愛知県の健闘が目立ちます。
*「平成14年都道府県 決算状況調」(総務省自治財政局)の「財政力」より作成
▼ 都道府県の財政力指数
|
|
▼長野県17市の財政力指数
| 1 | 長野市 | 0.808 |
| 2 | 松本市 | 0.847 |
| 3 | 諏訪市 | 0.786 |
| 4 | 上田市 | 0.759 |
| 5 | 塩尻市 | 0.726 |
| 6 | 岡谷市 | 0.648 |
| 7 | 茅野市 | 0.640 |
| 8 | 大町市 | 0.624 |
| 9 | 飯田市 | 0.589 |
| 10 | 更埴市 | 0.585 |
| 11 | 伊那市 | 0.583 |
| 12 | 駒ヶ根市 | 0.568 |
| 13 | 佐久市 | 0.563 |
| 14 | 須坂市 | 0.560 |
| 15 | 小諸市 | 0.550 |
| 16 | 中野市 | 0.509 |
| 17 | 飯山市 | 0.347 |
*県内市町村の財政状況:平成11年 長野県
財政力指数はふところの豊かさです。諏訪市は17市中3位です。不景気の諏訪市よりさらに悪いところが大半です。
(2004年12月10日:諏訪)(2006年5月7日)

諏訪湖畔の 原田泰治美術館:美術館の裏が諏訪湖です。
▼
原田泰治は、路上観察の名人です。杖一本でピョコタン、ピョコタン不自由な足をひきずってどこへでもでかけ、47都道府県の田舎を中心としたスケールの大きい路上観察の絵を描き続けています。
*常設展[原田泰治の世界]
*原田泰治の作品 【画像】
▼
1998年に諏訪湖畔にオープンした原田泰治美術館は、人に優しい美術館です。障害者、年配者、目の不自由な方への配慮が行き届いたバリアフリーの美術館です。
*原田泰治 美術館
▼
原田泰治は1940年、諏訪に生まれました。1982年から、 『朝日新聞』日曜版に「日本のふる里」を127回連載しました。
1989年には、アメリカの5都市でThe world of Taizi Harada開催しました。
▼
さだまさしが名誉館長です。
*名誉館長
*館内には、原田泰治の生い立ちや絵について紹介する小さなビデオ劇場があります。1時間の上映です。画伯のパワフルな生き方が伝わってきます。同年生まれの桑原政則もゲンキをいただきました。
泰治の父が、荒れ果てた山を畑にするため、水を探すための孤独なトンネル堀の話が圧巻です。
*トンネル掘りの図
▼
諏訪地方には、この他に博物館、美術館がたくさんあります。これらの博物館と他の観光との結びつきがバラバラで、有機的な観光政策が望まれます。
女性には、ラリック(Lalique)の「ガラスの里」がポピュラーです。私はここで、ガラスのループタイをもとめました。
*ガラスの里
*原田泰治の絵を見て
山肌は、悲しいほどなつかしいです。
冬景色は、いくら雪がつもっていてもどこかあたたかいです。
一面に広がる野原の花は、あふれんばかりで、繊細なくりかえし、細部へのこだわりは人を酔わします。
田んぼで燃やす籾殻からたちのぼる淡い煙は、背景の木々にとけ込んでいきます。
山の緑と曲線は、バリエーションに富んでいます。
ゆがんだトタン屋根、草花にあふれる地面は、凸面レンズのようにふくらんでいます。どこか子供の絵を彷彿させる素朴な曲線の世界に心がいやされます。
あふれるようなふるさとの自然の中では、人間の営みもただただ山々の緑に静かにとけ込んでいくばかりです。
(2004年12月16日諏訪 )(2006年5月10日)

とみや: 上諏訪駅線路際 諏訪湖側口 昼のみ営業


もりそば 740円
▼
《信州信濃の 新そばよりも わたしゃ あなたのそばがよい》
信州はそばどころです。 「とみや」で新そばをいただきました。
▼
来訪帳には食通の感想がこもごも書かれていました。
▼
上諏訪駅前商店街はすっかりさびれています。駐車場がないことも大きな原因です。諏訪インターチェンジ付近に新しいショッピングセンター街ができています。
(2004年12月24日)(2006年5月12日)

諏訪湖畔:諏訪大社があり、少し足をのばせば霧ヶ峰、白樺湖なども。
▼
長野県の諏訪市でもタクシーに乗りました。タクシーに乗るのは、地元の話を聞くという目的もあります。
近くの桜の高遠(たかとお)からの運転手:「諏訪人は、
言葉づかいが荒くて、せわしないので、なかなかついていけません」。
*伊奈、高遠の人は、のんびりゆっくり話します。
名古屋出身の運転手:「名古屋人より、がめついいです」。
*諏訪市の位置 【地図】
▼

諏訪湖畔:御神渡り(おみわたり)で有名
諏訪は四方が山で、平野は諏訪湖にとられていて、田畑がなく自給できる食べ物がありません。 ものを大切にして、がめつくならざるをえません。
*諏訪市の姿 人口は5万弱
▼
また、山が天然の要害であったため、自然に独立自尊の気質が高くなりました。「諏訪の反骨精神」とよばれています。
▼
田中穂積ものべています:「諏訪人は天然の迫害に対する反抗的勇気を自分の内に持っており、いかなる困苦欠乏にも屈しない意気を持っている」。
*田中穂積:信州出身で早稲田の総長 美しき天然 の作詞家【音声】♪
このことが著名人を生む気風を育てたのでしょう。
▼

これからの時代には、メダカの群れとは異なる、「反骨精神」は輝きをますでしょう。
【追】:人口5万の諏訪市は長野県の中央に位置します。諏訪藩の城下町であり、生糸の町として発展しました。近年は精密機械工業の一大集積地として有名です。諏訪神社の総本山がここにあります。
(2004年12月31日)(2006年5月16日)
▼
御柱(おんばしら)で有名な諏訪大社には、大国主命(おおくにぬしのみこと)の次男がまつってあります。全国に1万ある諏訪社の本社となっています。
*諏訪大社 位置図は「鎮座位置略図」
▼
大国主命(おおくにぬしのみこと)は出雲を中心に信濃までおさめる大国(オオクニ)の主でした。
オオクニヌシが辛苦の末つくった国を、天照大神(あまてらすおおみかみ)がやってきて、ゆずるようにせまりました。
▼
オオクニヌシはあらがい、さらに「長男と次男の神に聞いてくれ」とこたえました。
長男の神は、ゆずることに同意し、海に身を投げました。
▼
次男の建御名方(タケミナカタ)は、戦いをいどみましたが、負け、諏訪湖までにげました。
タケミナカタは、一生諏訪をでないことを誓い、命をたすけてもらいました。
このタケミナカタをまつってあるのが、諏訪大社です。
▼
ここでは、7年ごと寅年と申年にに御柱祭(おんばしらさい)が行われます。社殿の四方の柱を新しく建て替える行事です。
*御柱祭(おんばしらさい) 【動画】
*御柱祭(おんばしらさい)
▼
諏訪湖には「御神渡(おみわたり)」という現象もあります。
湖面の結氷が夜間収縮して裂け目ができます。その裂け目に新しい氷が昼間膨張して押し上げられ、道ができる現象のことをいいます。
御神渡(おみわたり)の記録はおよそ500年にわたって保存されており、世界的にも気候変動の貴重な資料となっています。
*日本コトダマ社会の「大国主命と天照大神」の項
【追加予定】