コラム:沖縄を歩く #6 

コラム:沖縄を歩く #6の目次です。 沖縄を歩く 総目次 

◆沖縄の伝統をはぐくむ結婚式の余興 (#128,2004年4月5日

2003年8月、読谷村 古堅(フルゲン)小学校の第72期の同窓会にご招待されました。

*沖縄のパーティはアメリカに近い

*【メモ:宜野湾市と具志川市にだけ全小学校にホームページあり。→沖縄県の小学校 沖縄県教育委員会】


その席に読谷村史『第五巻資料編4 『戦時記録』 上巻 』を持参してくださったのが、大城書店のヨシヒコです。

* 【沖縄では親しい同輩は、姓ではなくて「タカシ」などと下の名前をよびあいます。この稿ではその雰囲気を伝えるためにふだんよびあっている名前でいきます。

平良(ヒララ)市役所へうかがったとき、年配の職員が外部からの電話に「はい、〇〇課の富雄です」と応答していました。同姓が多いということもあって、公式の場でも下の名前で通すこともおおくあります。】


そのヨシヒコがニービチ(結婚)することになりました。

*ニービチ(結婚)の語源は「根引き」


「パソコンくらぶEda」のタカシも幹事役をおおせつかりました。

沖縄では結婚式に招かれるとなると、余興のリハーサルにいそがしくなります。

タカシは三線をやると決まってからは、車の中でもCDをききつづけ練習に励みました。



宮古の名木を根っこごと引き抜いてきた(ニービチしてきた)ヨシヒコ。カズミは宮古島出身



「カジャデ風(フウ)」を演奏する大城書店専務 屋良さん

三線の名手でもあります。沖縄では「野(や)に遺賢(いけん)あり」です。

ヤラサンガ  弾(フィチュ)ル  三線(サンシノ)ー  聞き事(チチグトゥ)ドゥ  ヤル。


工工四(クンクンシー)を見ながら、毎晩練習しました。

工工四とは、琉球の古典音楽の楽譜のことです。

赤本と青本が有名です。


工工四(クンクンシー)

日本のどの市町村もミニ東京化する中で、結婚式などの伝統行事を通して、シマの芸能に愛着を深め、シマの伝統、歴史、芸能を大事に保存しようとする人たちが多いのが沖縄です。

三線(サンシン)を弾き、島唄(琉歌)をうたい、踊り、楽しみながら、沖縄の魅力を影で育てているのがこのような人たちです。

沖縄の財産です。 ¶

*【三線(サンシン)は、1392年那覇の久米(クメ)村に移住した中国人がもたらしました。津軽三味線は、三線のこどもです。本来は「三弦」と記すのが正しいようです。

ムカーシ、中国からの冊封使(サップウシ、と沖縄ではよみます)一行は、500名が半年も滞在することがありました。

三線はその人たちをもてなすのに使われました。琉球は中国との交易で大いにうるおっていたからです。士族(ユカッチュ <吉人)の床の間には、刀ではなく三線(サンシン)が飾られていたのは、外交の有力な道具であったからです。

沖縄人は、戦争中も弾雨の中を祖先の位牌と三線をかかえて守り通しました。

今沖縄には20万丁の三線があるといわれています。6人に一人の割合です。

三線は、士族(ユカッチュ)の間では奨励されましたが、実は庶民の間でのモーアシビ三線は敬遠されていました。生活が立ちいかなくなる原因になるからでした。(宜保榮治郎『三線の話』ひるぎ社、2001)】

*


小学校同級生による三線(サンシン)と歌



同窓生による太鼓踊り



パソコンくらぶEda で遅くまで練習



エッちゃんが通う「護得久(ゴエク)太鼓研究所」の内部

沖縄にはこのような伝統芸能の稽古場が多くあります。ドアの向こうは有名な「ぽーぽー」の店です。

*ぽーぽーを作ろう



民謡の店「恋ぬ花(クイヌハナ)」での練習風景

美声のキイチに師匠たちもウットリ。左の方がお師匠さんです。太鼓はエッちゃん。




メモ:「恋ぬ花(クイヌハナ)」沖縄市美里1239-1  098-934-8580  開店は夜9時11時頃から波に乗り始めます。


歌うタカシとヒロミも小学校の同級生

ヒロミは、シマ唄、三線(サンシン)などプロそのものです。

ウチナーンチュ(沖縄人)のツーは、このようなところへ、わざと普段着でいきます。

島サバ(サンダル)の方がイッペー ジョートーだったりします。


◆もっとも有名な祝儀曲 カジャディ風(フウ) (#129,2004年4月7日

結婚式や何かの完成式典などのめでたい席のはじめに歌いそして踊られるのがカジャディ風(フウ)です。もっとも有名な祝儀(しゅうぎ)曲です。


カジャディ風(フウ)とは、「輝かしい手風(てぶり)」の意味からきたという人もいます。また*ある鍛冶職人が按司(アジ)に任ぜられたときの喜びの歌から来たと言う説もあります。


カジャディ風(フウ) OCA

カジャディ風(フウ)の画像OCA

カジャディ風の工工四(クンクンシー) [pdf]


今日(キユ)ヌ  誇(フク)ラシャヤ

<今日の誇らしさは>

何(ナウ)ニ ジャナ  譬(タティ)ル

<何に たとえられるでろうか>

蕾(ツィブ)ディ ヲル 花(ハナ)ヌ

<蕾でいる花が>

露(ツィユ)  行逢(チャ)タグトゥ

<露に出会ったような(そして、ぱっと開いたようだ)>
◆「観光カリスマ百選」に沖縄から二人 (#130,2004年5月14日)

国土交通省の観光カリスマ百選に沖縄からは、二人が選ばれています。

名護市の白石武治氏と竹富町の竹盛洋一氏です。


「観光カリスマ百選」は、観光振興を成功に導いた人々を国土交通省が選定するものです。


白石武治氏は、定住型のカヌチャベイリゾートを立ち上げ、新しいリゾートの形を提案しました。

*カヌチャとは、川下の浜という意味です。


竹盛洋一氏は、西表島で、豊かな自然と共生しつつ地域振興を図るという新しいエコツーリズムを実践し、「西表島エコツーリズム協会」を設立しました。



*観光学のページ



VJC(ビジット・ジャパン・キャンペーン、Visit Japan Campaign)の最中です。外国人をいれるべきですよ。内向きです。


◆蔡温、陳水扁、李登輝は客家人 (#131,2004年5月20日)

台湾の陳水扁総統の就任祝賀式が20日開かれ、沖縄県からも30人以上が参加します。


陳水扁総統は客家(はっか)人です。前の総統の李登輝も客家人です。

琉球王国の名宰相といわれた蔡温(さいおん)も客家人でした。


客家(はっか)人は、広東省の梅県や福建省を中心に居住しており、4500万人ほどの人口を有します。


4世紀頃より黄河地方から、戦乱をさけるために、南遷を開始し始めました。移住地では先住の人たちと融合せず、抗争に明け暮れました。客家史は民族抗争史でもあります。移住地の山岳地帯では、物資も不足しがちのため、海外にも移住しました。


客家(はっか)とは、「旅人、よそ者」という意味です。団結力が強く、誇り高き中原文化の継承者と自負し、独自の風習を維持しています。

*中原とは、中国の黄河中流域で、殷・周などの古代文明の発祥地です。


教育者、弁護士が多く(李登輝は元大学教授、陳水扁は弁護士です)、「中国のユダヤ人」ともよばれます。


太平天国の洪秀全(こうしゅうぜん)、辛亥革命の指導者の孫文、タイガーバームの胡文虎、シンガポールのリークアンユー(李光耀)も客家人です。タイのタクシン首相、フィリピン元大統領のコラソン・アキノもそうです。共産党の指導者では朱徳、葉剣英、ケ小平も客家です。


(cf.桑原政則『東南アジアの民族と言語文化』穂高書店、1989年)



*広東(Guangzhou)、福建(Fuzhou)の位置
台湾の左の方に位置します。

*土楼の写真
土楼とよばれる円形住居に数十家族が居住し、敵部族から身を守っていました。


*客家の組織は崇正会(すうせいかい)とよばれます。客家・崇正会(スウセイカイ)の動向

*桑原政則「台湾の歴史と展望:李登輝を中心として」 


◆客家人はなぜポリグロット? (#132,2004年6月2日)

台湾の客家人は、客家語のほかに台湾の日常語です台湾語(福建語)、国語(中国語)を話します。


私は1990年代よく台湾へ出かけました。台北の南にある新竹は客家人のマチです。そこの人たちは日本語も堪能でした。

【新竹の地図】


台湾の人口は、2300万人でそのうち15%の300万人が客家人です。


客家人は少数民族ですから、ポリグロットにならざるを得ません。

*polyglot:ポリグロット。数カ国語を話すことができる人


マレーシア人の劉維江氏もポリグロットです。客家語、福建語、広東語、北京語、マレーシア語、日本語、英語その他のことばをものします。

1996年、今から8年も前に劉維江氏はインターネット上での多言語の同時表示と取り組んでいました。客家人にしてなせることでした。

*
劉維江氏の修士論文のタイトル(東京国際大学)


【画像:劉維江氏】


しかし、ことばは多く話せればいいと言うものではありません。家庭で言語政策を間違えると悲劇がうまれます。

1992年9月、私はマレーシア東海岸にあるクアンタンのホテルで一人杯をかたむけていました。青年が話しかけてきました。客家人でした。

*クアンタンの地図【あとで】


「僕は、英語、中国語、マレーシア語ができます。でも、マレーシアには友達がいません。

…。

お父さんは将来のことを考えて、家族の話す客家語は僕には教えてくれませんでした。僕はインターナショナルスクールに入れられました。

マレーシアでは、マレーシア人はマレーシア人同士、インド人はインド人同士でグループをつくります。

マレーシアのチャイニーズは、福建語グループ、潮州語グループ、客家語グループというふうに分かれます。僕は、客家語が話せないので、客家グループに入れないのです。

中国語(北京語)はビジネスのことばですから、親密な話は福建語、潮州語、客家語でないとできないのです。

こんな、寂しい人生ないです。ぼくがこの豪華なホテルにいるのは、だれも地元では相手になってくれないからです。

…。」


私は沖縄でインターナショナルスクールに通う沖縄人の子供を知っています。

どの子も、足が地についてない中途半端な将来をかかえているようです。両親が英語で話し、英語人との日常のつきあいがない限り、子供には残酷なことです。

この子らは、
    沖縄人でもなく、
    日本人でもなく、
    ましてアメリカ人
でもないのです。デラシネです。

*デラシネ:根なし草。(フランス語)


1992年韓国で在日韓国人の青年が述懐していました。

「僕は韓国語がうまく話せないので、韓国人からは認めてもらえません。僕は日本人でもありません。

僕の故郷は、
    …
    韓国と九州の間にある
    …
    対馬海峡の海底
    …
にちがいありません。」


文化の中枢を占めるのはことばです。母語、方言、シマコトバを大切にしたいものです。シマコトバは魂なんですから


◆沖国大の米軍ヘリ墜落現場 (#133,2004年10月21日)


段のない階段、うしろは民家




黒枠が現場、赤印は民間のアパート



すぐ前には民家



現場は正門のすぐ裏



焼けただれた校壁



*墜落直後写真

*宜野湾市地図 宜野湾市はドーナツのように真ん中がすっぽり基地にとられています。ひっきりなしの爆音、墜落の危険にさらされています。

のマチ宜野湾(ぎのわん)市。

*普天間飛行場の位置【地図】

*普天間基地移設問題Yahoo!トピックス


*低く哀しい沖縄の空:嘉手納空軍基地
桑原政則

*沖縄本島全部が軍事空域: 嘉手納ラプコン 桑原政則


◆沖縄県 市町村の財政力指数ランキング (#134,2004年12月16日)

市町村のふところ具合を示すのが財政力指数です。浦添、那覇、宜野湾、恩納、西原以外は、半分以上の財源を国などの外に頼っています。 *【Excel】1990年以降の財政力指数

*【Excel】 都道府県の財政力指数 市町村のふところぐあい。統計局2001年沖縄県は42位

1-19
1 浦添市 0.64
2 那覇市 0.61
3 宜野湾市 0.51
4 恩納村 0.51
5 西原町 0.50
6 石川市 0.44
7 沖縄市 0.44
8 南風原町 0.44
9 北谷町 0.42
10 豊見城市 0.41
11 具志川市 0.40
12 名護市 0.40
13 北中城村 0.40
14 読谷村 0.38
15 糸満市 0.37
16 与那原町 0.35
17 平良市 0.34
18 嘉手納町 0.34
19 石垣市 0.33

20-39
20 中城村 0.33
21 与那城町 0.32
22 東風平町 0.29
23 大里村 0.28
24 宜野座村 0.24
25 玉城村 0.24
26 佐敷町 0.24
27 本部町 0.23
28 具志頭村 0.23
29 国頭村 0.22
30 金武町 0.21
31 勝連町 0.20
32 今帰仁村 0.17
33 下地町 0.17
34 上野村 0.17
35 知念村 0.16
36 東村 0.15
37 伊江村 0.15
38 伊良部町 0.15
39 大宜味村 0.13
40-53
40 城辺町 0.13
41 竹富町 0.13
42 与那国町 0.13
43 南大東村 0.12
44 北大東村 0.11
45 多良間村 0.11
46 伊是名村 0.10
47 渡嘉敷村 0.09
48 伊平屋村 0.09
49 座間味村 0.08
50 粟国村 0.07
51 渡名喜村 0.05
52 久米島町 ...
資料:「市町村行財政概況」沖縄県企画開発部地域・離島振興局市町村課、2000年度
http://ogb.go.jp/doc/200303_sityousonsinkou/0110gyouzaisei_/0020zaisisu/0020zaisisu.xls


◆沖縄県 市町村の面積ランキング (#135,2004年12月24日)

100平方キロ以上あるのは、竹富、石垣、名護、国頭です。

単位は平方キロ。

1-19
1 竹富町 334
2 石垣市 229
3 名護市 210
4 国頭村 195
5 東村 82
6 平良市 65
7 大宜味村 63
8 城辺町 58
9 本部町 54
10 恩納村 51
11 沖縄市 49
12 糸満市 46
13 今帰仁村 40
14 伊良部町 39
15 那覇市 39
16 仲里村 38
17 金武町 38
18 読谷村 35
19 具志川市 32

20-39
20 宜野座村 31
21 南大東村 31
22 与那国町 29
23 具志川村 25
24 下地町 24
25 伊江村 23
26 多良間村 22
27 伊平屋村 22
28 石川市 21
29 宜野湾市 20
30 渡嘉敷村 19
31 浦添市 19
32 上野村 19
33 与那城町 19
34 豊見城村 19
35 玉城村 17
36 座間味村 17
37 西原町 16
38 中城村 15
39 伊是名村 15
40-53
40 嘉手納町 15
41 東風平町 15
42 勝連町 14
43 北谷町 14
44 北大東村 13
45 大里村 12
46 具志頭村 12
47 北中城村 12
48 南風原町 11
49 佐敷町 11
50 知念村 10
51 粟国村 8
52 与那原町 4
53 渡名喜村 4


沖縄県企画開発部(面積2003年、人口2004年) http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?cateid=38&id=2431&page=1
沖縄綜合事務局
http://ogb.go.jp/doc/200303_sityousonsinkou/0030tochiriyou_/0010soumenseki/0010soumenseki.xls
国土地理院2000年「全国都道府県市区町村別面積調査」:
http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MENCHO/200310/okinawa.htm


◆北部圏10市町村の概念図、人口、面積、財政力指数 (#136,2004年12月27日)
▼概念図

沖縄本島の北部圏(≒国頭 くにがみ)の概念図です。1市、2町、7村の計10市町村があります。概念図は面積とは関係ありません。



▼人口(単位:100人)
名護市 574 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
本部町 145 ★★★★★★★★★★★★★★
金武町 106 ★★★★★★★★★★
恩納村 100 ★★★★★★★★★★
今帰仁村 96 ★★★★★★★★★
国頭村 58 ★★★★★
宜野座村 53 ★★★★★
伊江村 53 ★★★★★
大宜味村 35 ★★★
東村 20 ★★

【作成メモ:】
  • 関数  round(数値、桁数:-2)
  • /100
  • rept(文字列:★ 、繰り返し回数:数値/10) 注)文字列の★ のあとのスペースを削除する


▼面積(■ =10ku)

名護市 210 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
国頭村 195 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
東村 82 ■■■■■■■■
大宜味村 63 ■■■■■■
本部町 54 ■■■■■
恩納村 51 ■■■■■
今帰仁村 40 ■■■■
金武町 38 ■■■
宜野座村 31 ■■■
伊江村 23 ■■



【Excel】沖縄県 市町村の人口と面積  沖縄県企画開発部(面積2003年、人口2004年)
http://www3.pref.okinawa.jp/site/contents/attach/2431/zinkousetaimennseki-16.xls

【作成メモ:】
  • 関数  round(数値、桁数:0)
  • [セルの書式設定]―[表示形式タブ]―[小数点以下の桁数:0]
  • rept(文字列:■ 、繰り返し回数:数値/10)  


▼財政力指数 (ふところぐあい。指数1が健全)



【作成メモ】:[グラフ内をクリック]―[左上の”名前ボックス”を見ながら]―[↓(下矢印)を数回クリックして該当箇所を表示]―[右クリックキー]
  • [項目軸]―[軸の書式設定]―[目盛りタブ]―[軸を反転する]
  • [数値軸]―[軸の書式設定]―[目盛りタブ]―[最大値:1.0]―[メモリ間隔:0.1]
  • [系列1]―[データ系列の書式設定]―[データラベルタブ]―[値]
  • [プロットエリア]―[グラフのオプション]―[タイトルとラベルタブ]

都道府県の財政力指数 総務省統計局
http://www.stat.go.jp/data/ssds/zuhyou/05d-4.xls

*【Excel】zaiseiryokusisuu.htm 桑原政則


◆中部圏13市町村の概念図、人口、面積、財政力指数 (#137,2004年12月28日)
▼概念図

沖縄本島の中部圏(≒中頭 なかがみ)の概念図です。5市、5町、3村の計13市町村があります。

石川、具志川、与那城、勝連は2005年に「うるま市」になります。



▼人口(単位:100人)

沖 縄 市 1286 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
浦 添 市 1063 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
宜野湾市 877 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
具志川市 648 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
読 谷 村 379 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
西 原 町 331 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
北 谷 町 264 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
石 川 市 228 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
北中城村 159 ★★★★★★★★★★★★★★★
中 城 村 153 ★★★★★★★★★★★★★★★
勝 連 町 144 ★★★★★★★★★★★★★★
嘉手納町 138 ★★★★★★★★★★★★★
与那城町 132 ★★★★★★★★★★★★★


▼面積(■ =10ku)


沖 縄 市 49.00 49 ■■■■
読 谷 村 35.17 35 ■■■
具志川市 32.03 32 ■■■
石 川 市 21.13 21 ■■
宜野湾市 19.51 20 ■■
浦 添 市 19.06 19
与那城町 19.05 19
西 原 町 15.67 16
中 城 村 15.46 15
嘉手納町 15.04 15
勝 連 町 13.71 14
北 谷 町 13.62 14
北中城村 11.53 12

沖縄県企画開発部(面積2003年、人口2004年) http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?cateid=38&id=2431&page=1


▼財政力指数 (ふところぐあい。指数1が健全)



都道府県の財政力指数 総務省統計局
http://www.stat.go.jp/data/ssds/zuhyou/05d-4.xls

*【Excel】zaiseiryokusisuu.htm 桑原政則



◆南部圏20市町村の概念図、人口、面積、財政力指数 (#138,2004年12月29日)
▼本島南部圏概念図

沖縄本島の南部圏(≒島尻 しまじり)の概念図です。南部圏の本島部には3市、4町、4村の計11市町村があります。



▼南部圏島嶼部の概念図

離島には、1町8村があります。本島の南部圏、離島をあわせて3市、5町、12村の計20市町村があります。伊平屋、伊是名は南部圏(島尻郡)に属します。



*沖縄県の5郡の町村 国頭郡 中頭郡 島尻郡 宮古郡 八重山郡

▼人口(単位:100人)
那 覇 市 3083 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
糸 満 市 570 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
豊見城市 518 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
南風原町 327 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
東風平町 176 ★★★★★★★★★★★★★★★★★
与那原町 155 ★★★★★★★★★★★★★★★
大 里 村 122 ★★★★★★★★★★★★
佐 敷 町 116 ★★★★★★★★★★★
玉 城 村 111 ★★★★★★★★★★★
久米島町 94 ★★★★★★★★★
具志頭村 84 ★★★★★★★★
知 念 村 57 ★★★★★
伊是名村 19
伊平屋村 16
南大東村 14
座間味村 10
粟 国 村 9
渡嘉敷村 7
北大東村 5
渡名喜村 5


▼面積(■ =10ku)

久米島町 64 ■■■■■■
糸 満 市 47 ■■■■
那 覇 市 39 ■■■
南大東村 31 ■■■
伊平屋村 22 ■■
豊見城市 19
渡嘉敷村 19
玉 城 村 17
座間味村 17
伊是名村 15
東風平町 15
北大東村 13
大 里 村 12
具志頭村 12
南風原町 11
佐 敷 町 11
知 念 村 10
粟 国 村 8
与那原町 5
渡名喜村 4


沖縄県企画開発部(面積2003年、人口2004年) http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?cateid=38&id=2431&page=1


▼財政力指数 (ふところぐあい。指数1が健全)

久米島町は合併のため、不詳


都道府県の財政力指数 総務省統計局
http://www.stat.go.jp/data/ssds/zuhyou/05d-4.xls

*【Excel】zaiseiryokusisuu.htm 桑原政則


◆宮古、八重山圏20市町村の概念図、人口、面積、財政力指数 (#138,2005年1月4日)
▼本島南部圏概念図

宮古、八重山圏の概念図です。2市、5町、2村の計9市町村があります。




*沖縄県の5郡の町村 国頭郡 中頭郡 島尻郡 宮古郡 八重山郡

▼人口(単位:100人)

石 垣 市 452 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
平 良 市 350 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
城 辺 町 77 ★★★★★★★
伊良部町 68 ★★★★★★
竹 富 町 39 ★★★
下 地 町 33 ★★★
上 野 村 32 ★★★
与那国町 17
多良間村 14



▼面積(■ =10ku)
竹 富 町 334 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
石 垣 市 229 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
平 良 市 65 ■■■■■■
城 辺 町 58 ■■■■■
伊良部町 39 ■■■
与那国町 29 ■■
下 地 町 24 ■■
多良間村 22 ■■
上 野 村 19



▼財政力指数 (ふところぐあい。指数1が健全)



都道府県の財政力指数 総務省統計局
http://www.stat.go.jp/data/ssds/zuhyou/05d-4.xls

*【Excel】zaiseiryokusisuu.htm 桑原政則


◆沖縄県 市町村の読み方 (#139,2005年1月5日)

町は「ちょう」、村は「そん」と読みます。(2005年1月現在)

*沖縄県 市町村役場のホームページ

1-19
粟国村 あぐにそん
伊江村 いえそん
石垣市 いしがきし
石川市 いしかわし
伊是名村 いぜなそん
糸満市 いとまんし
伊平屋村 いへやそん
伊良部町 いらぶちょう
上野村 うえのそん
浦添市 うらえし
大宜味村 おおぎみそん
大里村 おおざとそん
沖縄市 おきなわし
恩納村 おんなそん
勝連町 かつれんちょう
嘉手納町 かでなちょう
北大東村 きただいとうそん
北中城村 きたなかぐすくそん
宜野座村 ぎのざそん

20-39
宜野湾市 ぎのわんし
金武町 きんちょう
具志頭村 ぐしかみそん
具志川市 ぐしかわし
城辺町 ぐすくべちょう
国頭村 くにがみそん
久米島町 くめじまちょう
東風平町 こちんだちょう
佐敷町 さしきちょう
座間味村 ざまみそん
下地町 しもじちょう
竹富町 たけとみちょう
玉城村 たまぐすくそん
多良間村 たらまそん
知念村 ちねんそん
北谷町 ちゃたんちょう
渡嘉敷村 とかしきそん
渡名喜村 となきそん
豊見城市 とみぐすく
中城村 なかぐすくそん
40-51
今帰仁村 なきじんそん
名護市 なごし
那覇市 なはし
西原町 にしはらちょう
南風原町 はえばるちょう
東村 ひがしそん
平良市 ひらら
南大東村 みなみだいとうそん
本部町 もとぶちょう
与那国町 よなぐにちょう
与那城町 よなしろちょう
与那原町 よなばるちょう


◆沖縄の概念地図 5枚 (#140,2005年1月6日)

*沖縄の地図のページ


自治体数   人口 面積
北部圏 10 1 2 7  
中部圏 13 5 5 3  
南部圏本島部 11 3 4 4  
南部圏離島部 9 1 8  
宮古、八重山圏 9 2 5 2  
  52 11 17 24  


北部圏(≒国頭郡)  1市、2町、7村の計10市町村




中部圏(≒中頭郡)  5市、5町、3村の計13市町村




南部圏の本島部(≒島尻郡)  3市、4町、4村の計11市町村 他に離島群計9町村も



南部圏島嶼部(島尻郡)  1町8村の計9町村



宮古、八重山圏(宮古郡、八重山郡) 2市、5町、2村の計9市町村



 

◆沖縄の生きる道は観光  その1: 選別の時代 (#141,2005年1月20日)

アメリカの保守主義は、1950年代にごく少数の人びとによってはじめられました。思想としては、フランス革命にはじまるリベラル思想や、ルーズベルトの「ニューディール政策」に対抗するところからはじまり、エドモンド・バークの思想に影響を受けています。

その淵源は西欧文明、ユダヤ・キリスト教文明に求められるほど深いものです。

(中岡望『アメリカ保守革命』中央公論社、2004年)


この保守主義は、リベラリズムが主流のアメリカの中で、当初は変わり者でしかありませんでしたが、今やアメリカの社会や政治の中枢を占め、その影響は世界の隅々まで行き渡ろうとしています。


この思想は、日本で考えられているような単に政治、経済、社会を活性化したいという便宜的な主張ではなく、今後の世界を長く主導するものです。

鈴木大拙は、西欧文化にはものごとをすべて二分してしまう短所があり、世界文化の形成に面白からぬ影響を及ぼす、それに反し東洋の思想には対立を越える英知がある、と述べましたが、まだまだ彼の望んだ時代は来そうにもありません。


今、日本で「選択と集中」「小さい政府」「地方分権」「規制緩和」「市場主義」「自己責任」などの標語が喧伝(けんでん)され、深く進行しつつあるのもアメリカ保守主義と連動しています。


デジタル・デバイド(情報格差)に象徴される「選択と集中」とは少数の国を選別し、少数の地域を選別し、また企業、人を選別することです。

かつての自治体の仕事は機関委任事務だけで事足れりでしたが、2000年の地方分権一括法の施行以来、自治体は自分たちの頭で考え、実行しなくてはならなくなりました。


沖縄経済の比較優位性を生かせるのは観光産業の振興です。

沖縄県の自治体も、観光産業において、観光客からまっ先に選別されるような体勢づくりをめざす必要があります。


◆沖縄の生きる道は観光  その2: 飛躍する世界の観光産業 (#142,2005年1月21日)


飛躍的な進展を続ける観光産業は、現在では世界全体の総生産の10%以上を占め、2億人の雇用を有する世界最大の産業になっています。

世界の外国旅行者数は、2000年の7億人から2020年には16億人に倍増すると、WTOは予測しています。

*WTO世界観光機関 (英)


日本では、2003年度からVJC(ビジット・ジャパン・キャンペーン)を実施し、2010年には訪日外国人旅行者数を現在の倍の1000万人にしようとしています。

*VJC(ビジット・ジャパン・キャンペーン、Visit Japan Campaign)(日)
* 小泉内閣「観光立国行動計画」2003年1月。 )


これを受けて、沖縄県は、県の予算総額3%減の中、観光リゾート局の予算だけは2割以上もふやしています。

*「沖縄県観光振興基本計画沖縄県観光リゾート局


【メモ】
  • 2004年の日本への観光客は500万人から600万人へ20%増
  • 中国への観光客は1億人
  • スペインへの観光客は5000万人。
(Japan Times, 2005年1月22日)


◆沖縄の生きる道は観光  その3: 3Kから1Kへ (#143,2005年1月22日)

沖縄経済を支える三つのエンジンは、公的収入、基地、観光の3Kです。

国からの公的収入は県民総所得の26%を占め、沖縄経済の命綱となっています。

しかし減少傾向は今後も続いていきます。政策による需要牽引主義(ケインズ経済)は国家財政赤字の累積により不可能になってきているからです。


基地収入も日本政府が7割方を負担していることを考えると縮小していきます。


三つのエンジンの中で最も期待されているのが観光です。観光収入は県民総所得の11%を占めるに至っています。

今後、沖縄経済の比較優位性を生かせるのは観光産業の振興です。

*嘉数啓「自立への課題と長期展望」『琉球新報』2005年1月9日


観光産業は人間活動のほぼすべてにかかわる複合産業です。たとえば、500万人の観光客がつかう支出総額は、波及効果(観光収入の2.5倍)を含めると、8000億円の効果があります。


観光産業を中核として、関連産業を広く深く掘り起こしていくことが、沖縄経済を自立的に、持続的に発展させる唯一の道です。


関連産業とは、
  • リゾート産業
  • エコツーリズム産業
  • ウェルネス産業
  • 健康食品産業
  • 福祉関連産業
  • 芸能産業
  • スポーツ産業
  • エンターテインメント産業
などです。


2005年1月4日「沖縄観光新春の集い」が那覇で開かれ、「今年は第2次の観光振興がスタートする節目の年であり、540万人達成に向けて質の向上に取り組んでいく」(沖縄県観光コンベンションビューロー 松本会長)ことの決意が示されました。

*「方言ニュース」『ラジオ沖縄』2005年1月11日


◆沖縄の生きる道は観光  その4:観光とIT (#144,2005年1月25日)

1972年の復帰以来、沖縄の観光はリーディング産業としての役割を果たしてきており、沖縄県の観光客数は、増加の一途をたどっています。2011年には、観光客数650万人を目標にしています。

西暦年 観光客数 前年比
2001年 443万人
2002年 483万人
2003年 508万人 5.70%
2004年 517万人 1.20%
2005年 540万人 4.40%
出所:沖縄県観光リゾート局2005年。2005年は予測


2005年度は、「沖縄ブームの持続」「リゾートウエディング」「エコツーリズム」「健康保養型観光」「空港外免税店DFSの開業」「アウトレットモールを含むショッピング観光」「空手交流」「プロ野球楽天球団の久米島キャンプ」などで誘客をはかる予定です。

なお、2003年度の修学旅行先に沖縄がはじめて全国トップに選ばれました。2003年度には小中高専1795校34万人が、2004年度には2087校40万人が訪れました。


沖縄は観光ばかりでなく、ITビジネスの拠点化に向けても大きく変貌しつつあります。主要IT企業やコンテンツ系・情報サービス系企業の立地があいつぎ、コールセンタービジネスが隆盛になっています。

この10年間でIT関係企業は82社が立地し、7000人以上の雇用をうみだしています。この背景には、十分に知られていないが、2012年まで続く法人税の35%軽減、若年労働者への賃金助成、消費税免除などの沖縄県だけの経済特区の特典があります。


観光産業においても、ITはサービスの向上、業務の高度化、効率化のために大きな役割をになっています。本土から離れた沖縄において、またとくに離島において、ITは観光ばかりでなく、あらゆる産業に不可欠な基盤となっています。


21世紀におけるネット接続網は、水道や道路に相当するインフラです。

2004年4月現在、ブロードバンド(高速大容量)の通信サービスは、大阪、神奈川、兵庫、栃木、千葉、三重、秋田では全市町村に100%提供されています。

青森、広島、鹿児島では60%台です。

沖縄は44位で71%で出遅れています。

生活の利便性に自治体間で格差が出てきてい、その背景には、自治体間の取り組み姿勢の違いがあります。補助金で民間業者による基盤整備を後押ししたり、独自の通信網を整備しているケースもあり、自治体の自助努力が鍵になっています。


沖縄では、2005年度より離島のブロードバンド化がはかられます。政府は「離島ブロードバンド環境整備事業」により、ADSLの導入を2005年より3カ年計画で促進することにしました。

ADSLの導入で通信の高速大容量化をはかるもので、初年度は伊是名、伊平屋、伊江、渡嘉敷、座間味、粟国、渡名喜、久米島、与那国の9島で整備をすすめます。離島の観光振興がこれでいっそう強化されることが期待されています。 【完】


◆道徳の教科書に登場する程順則の「六諭衍義(りくゆえんぎ)」 (#145,2005年1月28日)

沖縄県の中学校道徳の副読本に「六諭衍義(りくゆ えんぎ)」が採用されます。(『琉球新報』2004年1月24日)

「六諭(りくゆ)」とは、六つの諭(さと)し、6箇条の教訓のことで、「衍義(えんぎ)」とは、「解説」のことです。民衆向けに書かれた教育勅語です。


琉球王朝時代の進貢使 程順則(てい じゅんそく、1663-1734)が中国から持ち帰ったものでした。

名護の程順則の持ち帰った「六諭衍義(りくゆ えんぎ)」は将軍吉宗に献上され、寺子屋のテキストとして広く用いられました。江戸時代には山間僻地にも学問の刺激がおよんでいました。

*琉球には残念なことに寺子屋制度がなかったので、広まりませんでした。庶民は履き物をはくことも、傘をさすことも禁じられていました。今、沖縄に投資すべきは「学問」といわれる所以です。


下が 「六諭(りくゆ)」です。
  1. 孝順父母(こうじゅんふぼ)
    父母に孝行し、いいつけを守りなさい
  2. 尊敬頂上(そんけいちょうじょう)
    年上の人を尊敬しなさい
  3. 和睦郷里(わぼくきょうり)
    郷里の自然、人と和睦しなさい
  4. 教訓子弟(きょうくんしてい)
    子弟を教え導きなさい
  5. 各安生理(かくあんせいり)
    各自健康に注意せよ。
  6. 毋作非為(むさくひい)
    道にはずれたことをするな。

進貢使とは、中国皇帝に貢ぎ物を贈るために派遣された者で、明代には300人もの一行からなりました。

琉球からは、中国皇帝に献ずるために馬、刀、硫黄、貝、スズ、コショウを、さらに一般貿易品を積んで出かけました。

これに対して中国皇帝からは絹織物などをさずかり、琉球の一般貿易も莫大な利益にあずかりました。この利益は1609年に薩摩に支配されてからは、薩摩に吸い上げられていきます。


程順則は、その人格、教養、徳によって名護親方(うぇーかた)  として人々から深く尊敬されました。

親方(うぇーかた)とは、大名のようなもので、領地を有していました。名護博物館前には、程順則像が鎮座しています。

*程順則 【画像】
【メモ:要撮影 程順則の像】


程順則(てい じゅんそく)は那覇の久米村(クニンダ)の生まれの渡来中国人の末裔(まつえい)です。13歳で上級役人登用試験に主席で合格しました。

久米村(クニンダ)には久米36姓とよばれる中国人が14世紀末中国からやってきました。36姓とは、「多種多様の中国人」とでもいった意味です。この人達は、有能で通訳や造船技術者などをしたりして、進貢貿易を助けました。

*久米村はいまはありません。現在の松山町あたりです。


その昔、タイでは人びとは農業を主にし、商業は不得手でした。タイ王室は中国人に貿易をゆだねました。「王室華僑」となった中国人はタイに同化し、タイ人と変わらなくなりました。今の王室や大臣達にも中国の血を引くものが多くいます。インドネシアに華人排撃はありますが、タイにはありません。


私は沖縄で中国系の血を引く人たちにであいますが、みなさん自分の血を誇りにしています。お墓にも、中国系であることを明記しています。↓

* なぜ、沖縄にイヤシがあるの? :柳田国男の神概念 【お墓の画像を参照】