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オレゴン雑記 1-5 桑原 政則 桑原政則の広場へ 桑原政則 研究室トップへ (『オレゴン雑記』は、E−Mailにて配信しています。この他に、CP関係の記事もお送りしています。 オレゴン雑記 1 (98年3月26日) オレゴンにくる前に、秋葉原に行きました。。「俺コンハウス」というCP店の前を通りがかったとき、思わず「オレゴンハウス」と勘違いしました。(~_~)「そうだ、オレゴンについて、まだなにもまとめていない」とそのとき気がつきました。というわけで、「オレゴン雑記」です。 アメリカ太平洋岸の州といえば、まず思い浮かべるのは、カリフォルニアでしょう。オレゴンはその北にあります。さらにその北にはワシントン州があります。下から、 California, Oregon, Washington であわせて COW (カウ)となります。 ( ゚ o ゚ ) 50 州のうち太平洋岸にあるのはこの 3 州だけです。どんな都市があるかというと、 5 つあります。北からシアトル Seatle 、ポートランド Portland 、サンフランシスコ San Fransisco 、ロサンゼルス Los Angeles 、サンディエゴ San Diego の 5 つです。「 Sea Port, SF, LA, サンディエゴ(シーポート、エスエフエルエー、サンディエゴ)」です。 ^^; これらの都市は、大都市ですが、州都(State Capital)の所在地ではありません。State Capitalは、有名でない場合が多いようです。アメリカでは経済都市と政治都市を分離しています。ニューヨークとホワイトハウスのあるワシントンD.C.のようなものです。なお、東岸の主要都市はBoston, New York, Washingtonですから、まとめてBosNyWash(ボスニワッシュ)といいます。(~_~;) 一般に大陸の東岸は、気候が荒く、夏暑く冬寒いものです。日本をはじめとする東アジアやアメリカのニューヨークなどがその例です。それに反して、西ヨーロッパやオレゴン州などは大陸西岸にあるので、気候がマイルドです。サンフランシスコは夏は涼しく、冬暖かいことで知られています。オレゴンの主要部は、西岸海洋性気候地帯(west coast oceanic climate)にあります。雨は冬降ります。拙がここへ21日に来てから雨が毎日降っています。今も降っています。夏涼しいのは、雨が降らず湿気がないからです。夏はのどがカラカラして、思わず清涼飲料水に手が出てしまいます。 実は冬もコーラを飲むんです。空調代が安いので()、家じゅうどこもかしこもつけっぱなしですから、雨が降っていても中は乾燥してのどが乾くんです。ひと月留守にしてもつけっぱなしにするうちがいます。家が広いので、いったん止めると暖めるのに何時間もかかるからです。日本では一切コーラを飲まない拙も、こちらでは飲みます。(*_*)
オレゴン州の形は横に長い長四角をしています。大きさは日本の本州ほどです。ここに横浜市と同じ300万の人が住んでいます。拙の住む埼玉県の人口の半分も300万です。日本の人口密度は、1平方キロあたり340人ですが、ここは10人にすぎません。ゆったり度は日本の30倍です。 オレゴン州の人口は300万、カリフォルニア州が2500万、アラスカ州が40万です。アラスカはカリフォルニアの60分の1しかありません。アメリカで、日本の国体や高校野球のような州対抗の催し物がないのは、国土が日本の25倍と広いことのほかに、このように人口較差がはなはだしすぎるからでしょう。300万と2500万と40万が戦っても、はじめから結果は見えていますから。なお、アラスカ州は太平洋に面していますが、太平洋岸州(Pacific westcoast states)には含みません。飛び地で環境がちがいすぎるからでしょうか。 北緯40度線は、ニューヨーク、十和田湖を走っています。さらに北京、トルコのアンカラを通り、スペインのマドリードをかすめます。アメリカの西海岸では、サンフランシスコあたりを通っています。オレゴンは、この40度線、ニューヨーク、十和田湖の北に位置します。北海道、アメリカ東海岸最北のメイン州と同じ位置にあります。イタリアも同じです。(^○^) オレゴン第一の大都会ポートランドは、オレゴン州の最北端にあります。札幌と姉妹都市で、ほぼ同緯度にあります。 先日2番目の息子に「オレゴンといえば、何で有名?」とたずねたら、「二つのキ。材木の“木”とナイキの“キ”だよ」とのことでした。オレゴン州の半分が森林地帯で、全米の10分の1の材木を産します。自然が豊かです。昨晩も、次男あてにある大学からの合格通知が来たので、お祝いにメキシコ料理店に行き、料理とワイン、マルガリータで3人分24ドル払った帰路、公園の中を通過したら、鹿5頭とウサギを見かけました。 わが家の庭でも、今朝はおおきなリス( squirrel )が木の枝を揺るがしていました。アライグマ( raccoon )もとなりのうちの小屋の床下に住みついています。オポッサム( possum )やスカンク( skunk )もあらわれることがあります。鳥もひんぱんに訪れます。ハシボソキツツキ( flicker )、フィンチ( finch )、アオカケス( blue jay )、コマドリ( robin )、ムクドリ( starling )、ハチドリ( humming bird )、ウズラ( quail )、 カナディアングース( Canadian goose )、カモ( duck )などです。
カリフォルニア海流はアラスカ方面からオレゴン沖を南流します。オレゴンの海は荒く、水は冷たく、夏でも泳げません。夏に沖へフィッシングに出かけると、鯨を見かけたりします。オレゴンコーストのフローレンス( Florence )には Sea Lion Caves があり、野生のアシカ( sea lion )が群棲しています。アザラシ( seal )も見られます。メバル( rock fish )、ギンダラ( sablefish )、エビが漁民の海からの収入となります。川も水が豊かで、荒く、冷たいので、泳ぐことは無理です。そのかわり、フィッシングは盛んです。川ではサケ( salmon )やニジマス( rainbow trout )、バス( bass )が釣れます。雑貨スーパーには、必ず釣具のコーナーがあります。 森林には、クーガー(cougar)、キツネ、ビーバー(beaver)、マスクラット(ジャコウネズミmuskrat)、カワウソ(otter)、ミンクなどが生息しています。オレゴンは農林海洋州ですから、U of O(ユーオブオー、University of Oregon)や OSU(Oregon State University)では、農学(agricultural science)、海洋学(oceanography)、海洋生物学(marine biology)、林学(forestry)もさかんです。 オレゴンには大きな山脈が二つ走っています。ひとつは、メキシコからアラスカの太平洋岸に沿って南北にのびているコースト・レーンジズ山脈(Coast Ranges =海岸山脈)です。標高は低く、1000メートルにも達しません。針葉樹の深い森におおわれています。 オレゴン雑記 4 (98年3月29日) 今日も雨です。オレゴンの冬は陰鬱です。高4の次男:「お父さん、××(ワシントン州の大学)からfat letterが来ても、僕行かないよ」《??(*_*) 》「ワシントンはsuicide rateがアメリカで一番高いんだよ。雨ばっかり降るんだから」。やはり、冬の多雨のためsuicide rate(自殺率)が2番目のオレゴンから行ってもそんなに事態は変わらないと思うけど、本心はサッカーができないからでしょう。fat letterとは、大学から来る分厚い封書のことです。合格通知と手続き書、学校案内などがごっそり入っています。アメリカの親は今ごろになると、5つぐらいの大学から、いつメールが来るか、fat letterかぺらぺら封筒か、でやきもきします。頭痛薬がよく売れます。緊張すると日本人は、おなかが痛くなりますが、こちらでは頭にくるのです。そんな冬の雨に悩むオレゴンですが、その雨の恩恵によくして何百万年も生きている木のトピックから…。^^; カリフォルニア南部からオレゴン南部のコースト・レーンジズ山脈には、「生きている化石」とよばれるレッドウッド(redwood)が群生しています。レッドウッドを見ることができるのは世界でここだけ。数百万年前の世界がそのまま残っているのです。レッドウッドはセコイア(sequoia)の一種で、世界最長最古の木で、30階建てのビルほどの高さになります。100メートル以上になることもあります。幹は直径3メートルにもなり、中には、イエス・キリストより前に生まれたのもあります。密生するので、下は日光があたらず、下草は生えていません。レッドウッドの群生地は、保護のため公園になっているところが多いようです。 オレゴンを走る二つめの大山脈は、カスケード山脈(Cascade Range)です。カリフォルニアの真中をシエラ・ネバダ山脈(Sierra
Nevada=雪の山脈)が縦貫していますが、カスケード山脈はその北をカナダまで走る全長1100キロの山脈です。海岸部から200キロ、オレゴン州の左10分の3のところを走っています。カリフォルニア州のシャスタ山(Mt.Shasta
4317m)、オレゴン州のフッド山(Mt.Hood 3426m)、ワシントン州のレーニア山(Mt.Rainier
4392m)などの高峰が連なっております。ワシントン州のセント・へレンズ山(Mt.St.Helens
2549m)は、1980年と82年に噴火しています。ポートランドから眺めることのできるフッド山は、頭巾(hood)をかぶった形をしているのでその名があります。日系人の間では「オレゴン富士」ともよばれています。
コースト・レーンジズ山脈のさらに東にあるカスケード山脈では、西側に雨が多く、ために深い森林が広がっています。オレゴン州がアラスカに次ぐ林業州であるのは、このためです。もっとも、近頃では森林保護をめぐって対立があります。オレゴンは環境保護に熱心で、全米でもっとも早く1972年に「空きビン空きカン引き取り条例」を実施して、コーラやビールの空きカン空きビンを5セントで引き取るようにしました。カンやビンの回収は、子供の小遣い稼ぎ、学校や自治体の資金集め(fund raising)、ホームレスの生活資の元になっています。 カスケード山脈の東側は少雨のため、低木や草の乾燥地帯となっております。気温の季節差がはげしい大陸性気候にあります。人跡まばらで、住民は小麦と畜産を生業としています。全米約300のアメリカ先住民居留地(Indian reservation)は、こういう水の便の悪い不毛の地につくられています。先住民は、1870年代に強制移住させられました。(~_~;) 一般にオレゴンといえば、カスケード山脈の西をさし、東側のことはあまり話題にしません。行ったことがない人、住んだことがない人が大多数だからでしょう。 オレゴン州を縦貫するコースト・レーンジズ山脈(海岸山脈)とカスケード山脈の間をウィラメット川(Willamette River)が、オレゴン中部より北流しており、あたりに肥沃な平野をつくっています。この平野地帯をウィラメット・バレー(Willamette Valley)とよびます。valleyとは「大きな川の流域、盆地」という意味です。日本人には「平野」のほうが、ぴったりくるかもしれません。ウィラメット・バレーは、オレゴン最大の農業地帯で、野菜や果物の栽培が盛んです。オレゴンの主要都市、北からポートランド(Portland)、セーレム(Salem)、ユージン (Eugene) は、このウィラメット・バレーにあります。 州都セーレムにあるウィラメット大学(Willamette University 、ウ大)は、ウィラメット川にちなんでつけられました。創立は1842年でミシシッピー川以西で最も古い私立大学です。東京国際大学と30年間姉妹関係にあります。ウィラメット大学に隣接して、東京国際大学アメリカ校があります。2年生が毎年100名ほどここで学びます。今度この白人州の白人大学にはじめて黒人学長が就任します。実験国家、理想国家アメリカの一面を垣間見る思いがします。 オレゴン雑記 6 (98年3月31日) オレゴン州をコースト・レーンジズ山脈(海岸山脈)とカスケード山脈の二大山脈が走っていますが、走っているのは山脈ばかりではありません。フリーウェイ( freeway )も走っています。メキシコ国境からカナダ国境まで走っています。もちろん、その上を車も走っています。 (^o^) フリーウェイのfreeとは、「ない」と言う意味です。何がないかといえば、「信号がありません」。 さらに「料金もありません」。日本で自由席をfree seatと訳したりしていますが、これだと「無料席」になってしまいます。メキシコ国境からカナダ国境までは、2000キロあります。鹿児島から北海道の 稚内までの距離です。この間に信号がひとつもなく、料金所もひとつもありません。 1989年夏台湾人の院生から拙宅へ、「先生、サケ買ったから、もっていく」とワシントン州のシアトルから電話が入りました。彼は日本から到着したその足 で、車をレンタルし、サケを買い、ワシントン州の下にあるオレゴン州の拙宅まで延々900キロを運転してきました。夜9時に夕食をすませ「さあ、二階でや すんでください」とすすめたら、「いいえ、今からサンフランシスコへ出かけます」と言って、そのままサンフランシスコへ出かけました。シアトルからサンフ ランシスコまで1300キロ(東京〜鹿児島)を1日で行ったことになります。拙は、1986年に台湾をタクシーで1周したことがあります。台湾の狭さを実 感しました。小さい台湾からアメリカへ出てきたら、思い切りぶっとばしてみたくなるのでしょう。 さきほどのフリーウェイは、全米に縦横に延びており、西海岸を南北に走るフリーウェイは、Interstate
5 、略してI‐5(アイファイブ)とよばれます。南北のインターステートは5の倍数で終わります。I‐5の東を、I‐15、I‐25、I‐35
などが縦に走り、最終のI‐95はフロリダからニューヨークを抜けて、カナダ国境のメイン州まで走っています。 オレゴン雑記 7 (98年4月1日) 大陸を東西に走るインターステートは、10の倍数となっております。I−10は、アメリカの最南端を横に走ります。南カリ フォルニアのロスアンジェルスから、テキサスのヒューストンを通り、フロリダに達します。ロスアンジェルスの北方450キロにサンフランシスコがあります が、サンフランシスコからニューヨークに行くには、I−80を使います。サンフランシスコ〜ソルトレークシティ〜シカゴ〜ニューヨークとなります。全長 5000キロですが、信号もなく料金所(toll gate)もありません。休憩、仮眠を入れて、平均時速50キロで運転したとすると、計100時間、4日4晩かかります。 最北の大陸横断ルートI−90は、シアトルを起点にカナダ国境を東進します。アメリカの歴史は、ボストンなどの北東から始まったのに、インターステートの起点が南西にあるのはなぜでしょうか?友人のアメリカ人も知りません。 インターステートは広く、中央分離帯は幅11メートルもあります。道路標識も見やすくできています。オレゴンなどでは、イ ンターステートの出口には、Exit14というふうに出口ナンバーがつけられています。これは、その州の南端か西端を起点にしてその出口までのマイル数を あらわしたものです。だから距離計算は簡単です。 拙宅は、オレゴン州の最南端アシュランドにあります。Exit(出口ナンバー)14です。これは、カリフォルニア州境から14マイル(×1.6=22キロ)のところにあるという意味です。オレゴン州最北のポートランドは、Exit 300ですから、300−14=286で、286マイル(460キロ)だとわかります。信号がなく交通渋滞がありませんから、休憩や山岳地帯でのスロー運転を含め時速50マイル(80キロ)で行けば、6時間で着くといった計算ができます。 オレゴン州では、制限速度は65マイル(100キロ)ですが、75マイル(120キロ)程度までは許容範囲とみなされております。オレゴン、ワシントン州の右にアイダホ州があり、そのとなりがモンタナ州ですが、モンタナ州では交通量が少ないので制限速度がありません。 インターステートのナンバーは、I−5、 I−95というふうに、1ケタか2ケタからなります。3ケタは、ステートハイウェイなどです。I−560などのように、頭が奇数の場合は、別のハイウェイ
へ抜ける連絡ルートです。I−680などのように、頭が偶数の場合は、都市のまわりや近郊を走るルートです。
インターステート・ハイウェイ構想は、1956年ごろから本格的な建設が始まりました。アル・ゴア副大統領のお父さんのアル・ゴア (^。^) が、上院議員のときに提唱したもので、今みごとな成果を生んでいます。アメリカの道路の1%、7万キロにすぎませんが、車両交通量の20%を担っていま す。この全米を網の目のように縦横に張り巡らされたインターステートにより、アメリカ人は、年間100億ドル以上もの時間や経費を節約しているといわれま す。アメリカの地図には、鉄道が記されていません。日本の鉄道にあたるのが、インターステートといえるでしょう。 父のアル・ゴアはインターステート・ハイウェイ(interstate highway)の立役者でした。父の物流ハイウェイに対して、息子のアル・ゴア副大統領も、負けじと、情報スーパーハイウェイ(information super highway)構想を提唱しました。情報スーパーハイウェイとは、音声も、FAXも、データも、映像もすべての情報を運ぶ情報のハイウェイです。このよ うなものを、アメリカに、世界に張り巡らすことにより、情報を世界の誰でもが共有できるようにしようという考えです。ほしい人にほしい情報が渡ることに よって、独裁主義は崩れ、世界の民主化が進み、世界経済にもプラスになるだろうというものです。 この構想の裏には、アメリカの延命策があります。イギリスが産業革命によって、覇権を 100 年のばしたように、情報革命によってアメリカの覇権をさらに 100 年のばそうというわけです。この情報革命の言語は英語ですし、情報革命の主体はアメリカですから、これが成功すれば、アメリカ万万歳ということになります。この構想をアル・ゴアは 20 年も前に打ち出しました。
(駐日アメリカ大使のリスト: ttp://www.usia.gov/abtusia/posts/JA1/wwwh3430.html) 上院議員は各州 2 人ずつ選出され、全米で100人います。任期は6年で、下院議員より、権威があります。日本の衆議院議員に対比されます。日本の衆議院議員の数も、今の 500名から100名に減らし、手当てを5倍にしてあげたらどうでしょう、トータルの出費は変わらないのですから。そうすれば、もっと大所高所にたった政 策をしてくれるのではないでしょうか。10倍にしてあげてもいいですね。そうすれば、もっと優れた人材が国政を目指すようになるでしょうから。 アメリカの上院議員100人のうち、イーメールは当然のこととして、70人がホームページをもっています。アル・ゴアのホームページも、アルんです。アメリカ人らしく、奥さんのページもあります。( http://www.whitehouse.gov/WH/EOP/OVP/html/GORE_Home.html ) アル・ゴアは、筆まめ、ならぬキーまめ(!!)で、1日200通のイーメールを送ることもあるといわれています。(アル・ゴアのアドレス vice.president@whitehouse.gov ) アル・ゴアには息子がいて、アル・ゴアといい、親子3代アル・ゴアです。区別するときは、アル・シニア、アル・ジュニア、アル・ザ・サード(the third)とします。(^.^) AlはAlbertを略したものです。 クリントン大統領は、イーメールは好きじゃないようです。大統領をはじめとするアメリカ政府要人略歴の日本語版は、次にあります。http://www.usia.gov/abtusia/posts/JA1/wwwh2901.html
1987年秋、拙はロスアンジェルスのリトル東京にあるすし屋に入りました。年老いたマスターと車の運転の話になり、マス ターの往時の回顧談が始まりました。「昔は、どこへ運転していくにも、大変でしたよ。道が悪かったし車もよくエンコしましたからね。ネバダでエンコしよう ものなら、車は通らないし、お天道様はカンカン照りで、命からがらでしたよ。今はよくなりましたよ、ブリック(brick)もいりませんからね」 《ブリックって、れんが?》と拙。「はい。5時間も10時間も1本道を走っていると、アクセルの足がつっぱっちゃうんです よ。それで煉瓦を2個アクセルの上において、今のオートマ車の代わりにしたもんですよ」アメリカもインターステート建設前は、車もですが、道路事情が悪 かったことがわかります。経済が元気だったときに、建設しておいて先見の明があったといえるでしょう。 オレゴンでは、15歳になると、車の運転ができます。15歳では助手席に21歳以上の免許保持者の同乗が必要です。16歳 からは一人で運転できます。自分の車を持って、やっと1人前という感じになります。それまでは、どこへ行くにも親やほかの人に乗っけてもらっていたのです から。この頃は、親子関係はとても濃密です。 運転免許(driver license)は、親が積極的にとることを進める場合が多いようです。学校へは徒歩、自転車、スクールバスで通うものもいますが、親が子供を自動車で学
校へ送り、またピックアップするケースが大半です。帰宅後、子供は、スポーツ活動に行ったり、友達の家へ行ったりしますので、その送り迎えも親や祖父母が
します。スポーツは、指導が大変だったり、けがをした場合の責任問題があるので、学校の先生はタッチしません。地元の有志が、ボランタリーで、どこかの学
校や公共のスポーツ施設を借用しておこないます。 オレゴン雑記 11 (98年4月5日) 我が家では、息子2人が小、中へ通っていた頃は、登校、下校時間がちがい、また帰宅後の行き先がサッカー場、クラリネット練習場、友達の家などと違うの で、親は子供のシャウファー(chauffeur、お抱え運転手)状態でした。土、日はさらに大変で、隣り町や遠方でのサッカーの試合などに付き合わなけ ればなりませんでした。まれに遠い遠方 (*_*)荷でかけます。500キロ先のポートランドや900キロ先のシアトルだったりしますから、2日、3日がかりとなります。大変だけれども、家族の 絆が深まり、子供の友達やその親たちと仲良くなり、楽しいものでもあります。 アメリカの義務教育年限は日本と同じく12年間ですが、小、中、高の年限は市町村によって異なります。人口1万7000人のここアシュランドでは、小5、 中3、高4です。高2(日本の高1)は16歳ですから、16歳になると3割ぐらいが自動車通学をします。最高学年の高4ともなれば、大部分が自分の車か家 族の車で通学します。マイカーは2000ドルくらいからの中古車が多いようです。車検もなく自動車税も年25ドルと低額なので、維持費に気を使うことはあ りません。次男の友達のうちは、大小各種7台を保有しています。拙宅裏の老夫婦は、晴れ着専用にキャディラックをおいています。 ガソリン代は1リットル26セントです。1ドル130円計算で、34円になります。日本にくらべればはるかに安いのですが、これを1セントでも値上げしよ うとするとアメリカ人は、猛烈に抗議します。アメリカではガソリンのことをgasといいます。ガソリンスタンドはgas stationです。gas stationにはビールも売っています。 *お知らせ* 桑原先生の『オレゴン雑記』は、さらに継続します。 帰りの機中で20本分仕込んできたそうです。 まだまだ続きますので、他の記事も折にふれ掲載いたします。 とりあえず明日は『台湾経済はアジア金融危機を発展への契機とする』を掲載します。 タケ
車の保険料(car insurance)は、安くはありません。拙宅では、昨年ホンダ レジェンドに730ドル、トヨタのバンPrevia(日本名はエスティマ)に1120ドル払いました。若者や低所得者にとって、この保険料は悩みの種で す。最後の解決法は、保険に入らないことです。全米には、30%か40%の無保険者がいます。我が家でも、ホンダのレジェンドがぶつけられたことがありま したが、1ドルももらえませんでした。アメリカでは当てられ損の事故が多くあります。 自動車保険は、学校の成績とも連動しています。学校の成績が3.5以上だと100ドル以上安くなります。アメリカの成績システムは、4段階システムです。4=◎、3=〇、2=△、1=×というわけです。日本とちがって、「ふつう」がありません。良いか悪いかどちらかです。 この評価法は、「まあまあ」になれている日本人には、案外難しいのではないでしょうか?試みに、今日一日の自分のおこない、自分の回りの人々、あるいはレストランのメニューなどを4段階で評価してみてください。 高校では、交通安全教育(driver’s ed, ed= education)があります。受講すると保険料(insurance rate)が下がります。構造(mechanics)も勉強しますが、これは自分で車を維持修理するためです。 アメリカでは、労賃が高いので、なんでも自分でやるように心がけます。息子たちも、車は自分で点検修理します。床屋にも行
きません。うちで家族か友達に刈ってもらいます。長男は、一人で刈っていました。散髪に関しては、いずれ日本もそうなるんではないでしょうかね。好きなよ
うに自分で刈った方がいいですもん。日本の床屋は、画一的で長すぎ丁寧すぎます。アメリカの床屋は、安上がりのコースをたのむと、6分か7分ですんでしま
います。ひげもそらず頭も洗いません。掃除機のようなもので毛を吸い取るだけです。なれると、「はやくやすく」のお客さん中心主義でありがたく感じます。
日本人旅行者は、アメリカでドライブするために日本で自動車保険をかけてくる人がいますが、無駄な場合が多いようです。というのは、アメリカでレンタカー を借りるとき強制的に保険にはいらさせられるので、二重払いになることが多いからです。また、友達の車を借りて事故った場合には、保険はおりません。大学 2年の拙の姪が、日本から遊びにきたとき、ホンダレジェンドをガレージでぶつけてしまいましたが、「レンタカー以外は保険はおりない」といわれ、それを知 らなかった車の所有者の次男はぶーぶー言っていました。 オレゴンには、自動車の教習所はありません。運転教本(driver’s manual)を読んで、コンピュータの前に座り、ボタンを20回押して正解が14問以上だと仮免(temporary license)がもらえます。脇に親などに乗ってもらって、路上で練習をします。しばらくして、今度は設問25問中18問正解し、路上での実地試験に合格すると、その場で免許証を発行してもらえます。わずか3分くらいです。感激はありません。_(._.)_ にこっと歯を見せて、笑顔で写真をとります。免許証にかかる費用は、全部で 20 ドルほどです。不合格の場合はただになります。 拙は、さきほどの姪に、オレゴンにいる間に、オレゴンの免許に挑戦するようすすめました。姪は自動車会社に就職を希望していたからでした。日本で就職の面 接のとき、オレゴンの免許証を面接担当者に見せた甲斐あってか、珍しがられ、また英語もできるんだなとおもわれて、無事自動車会社に就職できました。
アメリカの免許証は、テレフォンカードと同じ大きさなので、収納に便利です。名刺も同じ大きさです。拙も、日本の名刺はテレカサイズにしています。日本の自動車免許証が大きかったころ、拙ははさみで名刺サイズに切ってもっていました。(-_-;) 免許更新のたびに係員がきざまれた免許証を見てぶつぶつ言います。そして、「安全協会に入りますか?」とききますが、ぶつぶつのお返しに、大声でほかの人に聞こえるように答えます。《安全協会には、入りません。会計報告がありませんから》 日本は、免許証もパスポートもアメリカがスモールサイズにしたのを見て、見習って小さくしました。アメリカの名刺は、テレカサイズです。いずれそうなるでしょうね。拙はすでにそうしています。ソニーを筆頭に、何でも小さくするのがお家芸の日本なのに、だらしないですよ。 アメリカの免許証には、身長と体重が記されています。写真は、にっこりと笑ったのが多いようです。しかめ面をしていると「Smile, cheese」などといわれます。4年ごとに更新します。オリンピックと併行しているので、覚えやすいです。更新は郵送ですみます。運転免許証は、よその 州に引っ越すと1年以内に、その州の試験を受け、書き換えねばなりません。州によって、交通ルール、速度制限、運転の条件が違うからです。モンタナ州で は、条件付きで14歳で運転できます。速度制限はありません。 売れている車は、乗用車はトヨタのカムリです。カムリは昨年フォードのトウラスやホンダのシビックを抜いてベストセラー車になりました。しかし、アメリカ 人が好むのは、ピックアップという二人乗りトラックやサバーバン(suburban)車といった4人乗り以上の大型スポーツユーティリティカー (sport utility vehecle=SUV)です。これらオフロード的な車は乗用車よりも多く売れ、全車種中上位4位まで独占しています。
ここ数年ビッグスリー(GM、フォード、クライスラー)は、日本車との競争もないこのトラック部門で、膨大な利潤をあげて います。日本製トラックが不振なのは、関税が高いからです。今のところこの男性的で、強力で、居住性を大幅アップしたこの多目的オフロード車の人気は衰え る気配はありません。スーパーなどの駐車場を眺めても、セダン(乗用車)が一段と少なくなりました。どうやらアメリカでは、車は大型化、ガソリン消費型の 方向に進んでいるようです。今駐車場によっては、駐車スペースが小さすぎて、これらのオフロード車が止められないという問題もおこっています。 バン(van=ミニバスのような車)は、どちらかというと、お母さんが子供を送り迎えしたり、買い物に使うファミリーカー です。クライスラーが火をつけ、トヨタが乗用車タイプで追い上げ、ベビーブーマー(1947年〜61年生まれの団塊の世代)の間で人気を博しました。オフ ロード車のような遊び感覚、スポーツ感覚、マッチョさに欠けるので、ベビーブーマーの子供たちが大きくなった今、人気下降となりました。オフロード車のあ とにはどんな車が注目を浴びるのか、どうもまたゆったりと落ち着いた車に戻るような気がします。 さて、アメリカではオレゴンとルイジアナは特別の意味を持っています。まず、ルイジアナについて。 ルイジアナ(Louisiana)州は、テキサスの右にある海に面した州です。その名からわかるように、かつてはフランスのものでした。フランスの探検家がルイ14世にちなんでLouisianaとしました。首都バトン・ルージュ(Baton Rouge=赤い棒)は、赤い杉の木が生えていたのでその名があります。 ルイジアナ州第一の都会、ニューオーリンズ(New Orleans)は、フランスの領主オルレアン公に由来します。ニューオーリンズは、ミシシッピ川河口に位置する合衆国有数の港湾都市で、ジャズ発祥の地
としても有名です。アームストロング(Armstrong)といえば、ニューオーリンズ生まれのジャズ・ミュージシャンですが、その名前(given
name)がルイ(Louis)であるのは偶然ではありません。人口50万で、黒人が60%を占めます。フランス人の前はスペイン人が住んでいたので、フ
ランス文化とスペイン文化が交じり合ったクレオール(Creole)文化が色濃く残り、エキゾチックな雰囲気をかもし出しています。狭い道路にフランスと
スペイン双方から影響をうけた建物がたちならび、クレオール料理が堪能できます。 オレゴン雑記 16 (98年4月11日) ルイジアナの上には、アーカンソー州があります。Arkansasとかいてアーカンソーと呼びます。これは、Parisとかいてパリと読むのと同様です。フランス語読みにしたがっているのです。拙宅の近くにLes Schwabというタイヤ交換チェーン店がありますが、これもわざわざ「レシュワブ」とフランス語読みをします。高級感、舶来感を出すためです。 東南アジアのタイとベトナムの間にラオスという国があります。ベトナム、カンボジア、ラオスのベカラ3国はかつてフランスの植民地でした。ラオス人は、自分たちをラオとよんでいます。フランスは、Lao peopleという意味でLaosと名付けフランス語式にラオとよんでいたのですが、ここではアーカンソーとちがい、英語読みのラオスになってしまいました。 アーカンソーは、クリントン大統領の出身州です。人口240万の貧しい州です。かつては有力な奴隷州で、1957年には州都リトル・ロックで高校での白人 と黒人の共学をめぐって暴動がおこったことで有名です。人口は、全米の100分の1にすぎません。日本でいえば、日本人口の100分の1(120万)の秋 田県、山形県、滋賀県、大分県の知事が総理大臣になったようなものです。 アメリカは「チャンスの国」といわれますが、クリントンの略歴もそれを物語っています。クリントンは、アーカンソー州の片田舎で生まれました。父の顔を知 りません。生まれる前に自動車事故でなくなったからです。4歳のとき母の再婚により、継父(ままちち)を迎えることになります。28歳で下院議員、32歳 でアメリカ最年少の知事になりました。40歳のときには全米知事協会長をつとめました。大統領に選ばれたのは、アーカンソー州知事を5期つとめた後のこと で、まだ47歳でした。
オレゴン雑記 17 ルイジアナの上がアーカンソー、さらにその上がミズーリ‐です。ルイジアナから上へ、アーカンソー、ミズーリ、アイオワ、ミネソタと5つの州が縦にならん でいますが、ミズーリ州はその真中にあります。東境にミシシッピ川、州内を左右に流れるミズーリ川を従えております。ミズーリ州の最大都市は、セント・ル イス(St. Louis)で、ミシシッピ川にミズーリ川が左から交わるところにあります。 セント・ルイスも、「ルイジアナ(Louisiana)」「ニューオーリンズ(New Orleans)」「アーカンソー(Arkansas)」と同じくフランス名です。ルイ9世にちなんで名づけられました。セント・ルイスは、合衆国中央部 の中継センターです。水路で、ミシシッピ上流のミネアポリス(ミネソタ州)、シカゴとその背後の五大湖、オハイオ川上流のピッツバーグ(ペンシルベニア 州)、さらにはニューオーリンズを経てメキシコ湾とも結ばれております。また、インターステートハイウェイ網の結節点でもあります。 ミズーリ州は、「西部の母」といわれ、セント・ルイスは西部への玄関でした。西部への玄関を記念して、192mのゲートウェー・アーチ(Gateway Arch)がミシシッピ川沿いにそびえたち、観光名所となっております。逆Vの字型で、ステンレス製です。1764年このゲートウェー・アーチの地にフランスの商人が毛皮の取引所を設けました。 かつての鉄道の駅ユニオン・ステーションは、商店、レストラン、ホテルの入ったユニオン・ステーション・モールという盛り場に生まれ変わりました。 1997年の夏、拙はここを訪れました。モールの入り口では、黒人の少年が、大きな声を張り上げながら、ケーキづくりの実演を、客を面白おかしくからかい ながら、していました。まわりは黒山の人だかりでした。アメリカ人はからかわれても、ユーモアがあれば許すんですね。
オレゴン雑記 18 ユーモアといえば、Hootersというウエスタン風のレストランに入りました。ふくろうが店のシンボルマークです。hooterとは、「ふくろう」とい う意味と同時に、「汽車の汽笛」という意味もあります。ここが元ユニオン・ステーション駅だったことにかけているのでしょうか。ウェートレスがホットパン ツの女子学生であることでも知られています。メニューのオイスターの項は、次のように記されていました。
Oysters Fried: not here, but if you insist………………………………………..……….74.99 Stewed……………………………………………………………………..………..15.99 Nude (or raw on the half shell) ………………………… ………………………8.49 There is a risk associated with consuming raw oysters or any raw animal protein. If you have a chronic illness of the stomach or blood or have immune disorders, you are at greater risk of serious illness from raw oysters, and should oysters fully cooked. If unsure of your risk, consult a physician.
このメニューは、次のような内容です。 オイスター(牡蠣) カキフライ:当店になし。でも、どうしてもとおっしゃるのでしたら…. 74.99(!!) カキのシチュー…………………………………………………………………..15.99 カキのヌード(?!)(殻つきのナマ) ナマガキなどのナマものには、危険がつきものです。慢性の胃腸病、血液疾患、免疫異常症をおもちの方は、危険ですので充分調理したものをお召しあがりください。ご心配の場合には、医師にご相談ください。
オレゴン雑記 19 ユニオン・ステーション・モールでは、イタリア系のマジシャン(手品師)が、マジック・グッズを売るために口角泡を飛ばして、派手なジェスチャーでマジッ クの実演をしていました。そのうち、無許可営業だったらしく、若いポリスマンが近づいてきて、何やらとがめだてをはじめましたが、マジシャンはマジックを 使っての口八丁手八丁のユーモアで、彼を煙に巻いてしまいました。イタリア人の面目躍如といったところでした。 夜は鮨を食べることにしました。ホテルからバスに乗り、とある日本料理店に着いたときには、夜9時を過ぎていて、Closedのサイン。立ち去りがたく中 をのぞいていたら、日系の女主人「どこから来たんですか?そう、オレゴン。オレゴンよりこっちがいいよ。こっちへ移りなさいよ。こっちは人情があって住み やすいよ。鮨定食ならまだできるよ。二つ?」 食後はフルーツをサービスしてくれ、帰りのタクシーをよんでくれました。アメリカには流しのタクシーはありません。「中で待ったんしゃい。外は危ないよ」結局、タクシーがくるまで、30分ほど店内で話を咲かせました。 宿はHoliday Innをとりましたが、そこのコヒーショップでは、飲み物を1杯オーダーするだけで、ビュッフェ式のフレンチフライ、ベーコン、サラダ、フルーツなどが食べ放題でした。不思議に思い、次男がウエイターにたずねても、That’s OKとのこと。「これじゃ、プロフィット(profit)ないよ。お父さん、おかしいよ」「うん、おかしい。でも、ありがたい。セントルイスは、道を聞いても親切だし、おもしろい町だね。(~_~) そんなこんなで、この異国情緒あふれ、南国的で開けっぴろげなセントルイスを気に入った父子でした。
オレゴン雑記 20 セントルイスは、郊外を含めると250万、市内だけで40万の大都会ですから、危ない面もあります。市内には白人黒人が半々住んでいます。ある昼、タイ料 理を食べたくなって、ダウンタウンを歩いていました。「ベトベト」の中華料理よりも、「カラッとピリピリ」のタイ料理のほうが、特に暑い時には体にあいま す。タイ料理店までのストリートの建物の壁は、荒れ果てた感じで、ボコボコ小さな穴があいていました。「お父さん、これブリット(bullet)のあとだ よ。やばいよ」「えっ!ガン?うわっ、そこらじゅうボコボコだよ。」タイ料理店で聞いたところ「あの一帯は、歩いちゃだめです。車で猛スピードで逃げると ころです」「ガリッ(I got it.)。アンタラーイ・マーク、isn’t it?」(爆)アンタラーイ・マークとは、タイ語でvery dangerousということです。 翌日は、ワシントン大学を見学しました。オレゴン州の北のワシントン州にあるのはUniversity of Washingtonで州立、ここセントルイスのはWashington Universityで私立です。University of...は州立大学であることを意味します。詩人のT.S.エリオットのおじいさんが作った大学で、地元ではワシ・ユー(Wash U)とよんでいます。それほど知られた大学ではないのですが、アメリカの大学らしく広く施設は立派です。面積は、70ヘクタール、20万坪あり、校舎はす べてつながっています。これは夏暑いので、隣のビルに行くのにいちいち外に出なくてよいようにとの配慮からです。アメリカでは、小学校でも、エアコンが全 館あります。全館とは、廊下もトイレもどこもかもということです。 ワシ・ユーの正門前大広場にはおおきな並木がたちならび、それをブルッキングズ・ホールが見下ろしているさまは、1994年に訪れたウィーンにあるハプス
ブルク家の夏の離宮シェーンブルン宮殿を髣髴させました。エンジニアリング系の教室、実験室、作業場も見学しましたが、恵まれた学生生活をうらやましく思
いました。ワシ・ユーの見取り図は以下にあります。http://library.wustl.edu/~spec/archives/tour/ オレゴン雑記 21 (98年4月21日) アメリカの大学は、競争がはげしく、あの手この手で「以下にうちの大学が魅力的か」をアピールします。たとえば、ワシ・ユーの場合には、U.S. News & World Reportからの以下の統計資料で外部に訴えかけます。 博士号受領者(Doctoral degrees awarded) 1996-97 Harvard 1,398 人 連邦補助金受領高(Federal research support) 1996-97 Johns Hopkins $831.9 million 基本財産(Endowment funds) 1995-96 Harvard $8.81 billion
オレゴン雑記 22 さらに、ワシ・ユーの大学案内は、大略以下のような引用報告を掲載しています。 「U.S. News & World Reportによると、本大学の医学部大学院は、全米大学中ベスト5です。学部レベルでは、ワシ・ユーは全米で17番目に入っております。Business Week誌は、本学のMBAプログラムをトップ20のうちにいれております。理工学部のコンピュータ研究所は全米第4位、全世界で第10位に位置しております。ドクターコースは、全米トップ10に入っております。」 また、ワシ・ユー付置Gateway Battalion Army ROTC(ゲートウエイ大隊陸軍予備役将校訓練学校)のホームページのトップページは、次のようです。 「ようこそゲートウエイ大隊陸軍予備役将校訓練学校へ。本校は、ミズーリ州セントルイスにある全米トップ20のワシントン大学に本部をおいていま す。…。」その下にセントルイス名物のゲートウェイ・アーチの写真を配しております。ニクイやり方です。(http: //cec.wustl.edu/rotc/main.htm) アメリカの自動車セールスマンについて、よく言われることわざがあります。The
worst lie is the truth untold(最悪のうそは、隠された真実を言わないことである)。売ろうとしている車の欠陥は言わずに、いいところだけを並び立てるやりかたを皮肉った
ものですが、アメリカのPRは、企業、大学を問わずこういったものです。ワシ・ユーの引用報告も事実なんでしょうが、どこかに隠されたものはあるんでしょ
うね。しかし、ワシ・ユーに関する上の事実をはじめて知った人は、圧倒され、ワシ・ユーに対する認識を新たにするでしょうね。 日本の大学と違って、アメリカの大学は顧客第一主義(customer-orientedが徹底しています。Barron社の『Profiles of American Colleges(全米大学案内)』では、ワシ・ユーは概略次のように紹介されています。 「正規学部生 男子2587名 女子2446名 「1853年創立。14の図書館には300万冊の図書、270万のマイクロフィルム、3万5000の視聴覚資料、2万種類の継続雑誌を有します。170 エーカー(70万u)のキャンパスには、95の建物があります。84%の学生がミズーリ州以外出身で、83カ国からの309人の外国人学生がいます。 69%が白人、14%がアジア系アメリカ人(Asian American)です。30%がユダヤ教徒、30%がカソリック教徒、30%がプロテスタント教徒です。」 「キャンパス内のドーム(on-campus housing)は、2600名の収容能力があり、全学生の60%がキャンパスで生活しております。学生クラブは200種あります。身障者は、キャンパス の半分の施設にアクセスできます。目の不自由な学生には、代読サービスがあります。1996年には、140人の転入者を迎えました。志願者用に常時キャン パス案内が催されています。1996年には、半数以上の新入生が平均18500ドルの財政援助を受けました。1996年には、1100人の学部生が卒業し ました。」
オレゴン雑記 その24 Barron社の『Profiles of American Colleges(全米大学案内)』は、全米の大学を次のようにランク付けしています。 Most Competitive(超最難関 第1ランク) 54大学 計 1350大学 アメリカには概略1500ほどの大学があります。そのなかに、Most Competitive(超最難関 第1ランク)は、54あります。代表的な大学をABC順に並べてみます。 Brown, Carnegie Mellon, Columbia, Cornell, Dartmouth, Duke, Harvard, Johns Hopkins, MIT, Princeton, Rice, Stanford, U of Chicago, U of Notre Dame, U ofPensylvania, Yale あとは日本人には、名前を聞いたこともないような大学がここに位置しております。 Bate College, Bowdoin College, Colby College, Harvey Mudd College, Middlebury College, Pomona College, Wake Forest University, Williams Collegeなどなど。 アメリカでは、田舎の小さな大学でも、教育研究環境が整っており、授業料も適正であれば、優秀な人材が集まることがわかります。いや、教育は小人数で、 allではなくてevery(個別指導)が本筋なんだ。勉強は静かなこじんまりした自然環境の中でこそはかどるものなんだということでしょう。大都会は犯 罪が多く、誘惑が多く、物価が高く、人が冷たいということもあります。 ワシントン大学がMost Competitive(超最難関 第1ランク)に入っていないのに、全米トップ20にランクされているというのは、それは、引用がBarronからではなくU.S. News & World Reportからであり、小さな大学を除いた200ほどある全米規模の大学(national universities)のなかで、17位ということでした。
オレゴン雑記 その25 アメリカの大学が人材集めに熱心な例をさらにあげます。 1997年夏サンフランシスコからフィラデルフィアに飛びました。「古豆腐屋」という発音で有名なフィラデルフィア(笑)は、ニューヨークとワシントンの 中間にあります。独立宣言が1776年に、合衆国憲法が1787年にここで帰巣されたので、合衆国発祥の地とされています。ニューヨーク州の下に2つの州 があり、海に面しているのがニュージャージー州、その左がペンシルベニア州です。フィラデルフィアはペンシルベニア州最大の河港都市です。人口は合衆国第 5位です。 フィラデルフィアといえば、避雷針を発明した政治家、外交官、科学者のベンジャミン・フランクリンです。フランクリンがつくったペンシルベニア大学 (University of Pennsylvania)のキャンパスツアに参加しました。ペン大(U of Penn)は、第1ランク(most competitive)に属し、すぐれた業績を出しております。しかし、物騒な雰囲気でもあり、下町の雑踏がそのまま大学になったような雰囲気に辟易と して早々に退散しました。(しかし、実際は、しっとりとしたところのあるいい大学なんでしょうが、そのときはそう感じました。) 次に、レンタカーで、フィラデルフィアから130キロ北の小さな町にあるラファイエット(Lafayette College)を訪れました。ここは学生数2000あまりの小さな大学です。アメリカ独立革命とフランス革命に参加し、ベンジャミン・フランクリンとも 交友のあったラ・ファイエットにちなんでつくられたカレッジです。来月の28日にはブッシュ元大統領が来校することになっています。 通りがかりの事務員にこのカレッジを見に来た旨を告げると、夏季休暇中にもかかわらず実験室で仕事をしていたプロフェッサーに紹介してくれました。その先 生は、突然の来訪にもかかわらず、2時間もわれわれ親子のためにキャンパスを案内してくれました。帰りしなには「このカレッジには、ジャパニーズはほとん どいないから、スカラシップをもらえるbig chanceがありますよ」とも言ってくれました。キャンパスで出会う学生は、「ハイッ」とにこやかに挨拶をしてくれます。アメリカの小さな町の小さな大 学の人材集めの熱心さと親切さにほだされました。
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