斎場御嶽(セーファ ウタキ) (2006年3月4日)
- 沖縄民族の国造りの神様は、アマミキョです。遠く海の向こうの聖地ニライカナイからあらわれて琉球をつくりました。アマミキョとは「アマからきた人」という意味です。アマとは、「天(あま)の川」の「天」であり、また「海女(あま)」の「海」でもあります。地平線の彼方は、天と海が渾然一体となっています。人々はニライカナイから神があらわれて、しあわせをもたらすと信じています。
- アマミキョが上陸する場所は久高島(くだかじま)です。
- 久高島を臨む斎場御嶽(セーファウタキ)は、沖縄最高の聖地です。御嶽(ウタキ)とは土着の聖地のことです。他府県の神社本土の伊勢神宮にあたります。昔は男子禁制で王府の女性だけが入ることができました。
- 斎場御嶽には、鳥居もなく神殿もなく、自然のままの姿です。神は岩や小石や木などに降り立ちます。これが本土の神道の元の姿です。足を踏み入れると、神聖で清らかな空気が身を包みます。ここで沖縄の人は積極的に神と感応し、神から霊気をいただきます。沖縄の人はここでは写真もとらず一木一草も持ち帰って利しません。大きい蜘蛛もいます。
沖縄にはなぜ神社がないの?
- 沖縄には仏教が入らず、したがって仏教に対抗して、伊勢神宮のようにものものしく仰々しく鳥居や神殿をつくる必要がありませんでした。
- 斎場御嶽のシンボルは、半三角形の鍾乳石からなる洞門です。三庫裏(さんぐーい)とよばれます。三庫裏の遙拝所から、神の島久高島、さらに向こうのニライカナイを拝むことができます。
- かつてここでは最高の神女である「聞得大君(きこえのおおきみ=名に聞こえる大君)」の即位式が行われました。ここで、国王の長寿、國の繁栄、五穀豊穣、航海安全を祈念しました。
斎場御嶽 美ら島物語
斎場御嶽 南城市知念
- ウルトラマンにはニライカナイの思想が流れています。脚本を沖縄出身の金城哲夫が書いたからです。
金城哲夫(きんじょうてつお)Okinawa
Culture Archive
- 琉球民族の祖先は、九州→奄美→久高島(くだかじま)のルートをたどって、沖縄へ渡来したといわれています。
- 久高島、斎場御嶽(セーファウタキ)、首里城はほぼ一直線で結ばれています。
- 沖縄人は、九州→奄美→久高島のルートで移住したようです。
沖縄人の移住ルートは、九州→ 奄美→久高島