コラム:東上線を歩く

東上線を歩くコラムです。

高度成長時代は、「鯉の滝のぼり」よろしく、人は上を、そして都心をめざしたものでした。

今は環境の時代、自然回帰の時代、スローの時代です。

ウイークエンドの行楽には、路線で言えば、最寄りの駅をくだるのがトレンディ(今風)です。東武東上線の川越をくだって「東上線を歩く」ことにしました。日本ではなく、東京ではなく、市町村をしっかり見つめる時代に私たちは生きています。(2004年7月14日)

*コメント、ご意見→クマ研へのメール(迷惑メール対策として、画像にしてあります。手入力してください。)

  1. あじさい山公園 :越生町
  2. 太田道灌の山吹の里:越生町
  3. 太田道灌の眠る龍穏(りゅうおん)寺:越生町
  4. 時代の先端を行く「緑・花文化の知識認定試験」 :森林公園 
  5. 森林浴の黒山三滝:越生町
  6. 黒山三滝の裏手は霊山:役行者(えんのぎょうじゃ)の石仏 
  7. 東上線の駅と最寄りの自治体 
  8. 毛呂山(もろやま)町の鎌倉街道
  9. 義経が振りかえりながら登った顔振(かあぶり)峠
  10. 荒川は埼玉の母 :川の博物館、寄居町
  11. 若葉駅前のモール「ワカバウォーク」

 

◆あじさい山公園 :越生町(#1,2004年7月14日)

7月3日、越生(おごせ)町のあじさい山公園に出かけました。この日で閉園です。13000株のアジサイが名残を惜しんでいました。

*越生 オレンジ線の一番左
*越生町役場
*あじさい山公園 越生町。今回は越生駅からハイキングコースを通っていきました。バスも通っています。


花1種で地域おこしの柱になっているようです。 女性の訪問客が多いです。


アジサイの成長は早く、病虫害は比較的少ないので、育てやすいです。


あじさいの花言葉。「あなたは冷たい」。色が変節します。


戦後タバコのない頃、田舎では山アジサイの枯れ葉をタバコの代用にしていました。


あじさい街道
街道沿いにも3000本のアジサイが


*アジサイ園芸教室
*アジサイの花 いろいろなアジサイ
*アジサイの語源:あづ(集)+さ(真)+あい(藍)=グループにまとまった本当のアイ色
*アジサイ:紫陽花、 hydrangea  ハイドンジャ  hydro=水


最後の日の あじさい公園

◆太田道灌の山吹の里:越生町 (#2,2004年7月21日)  

越生駅から10分の所に「山吹(やまぶき)の里歴史公園」があります。 

*山吹の里の位置 Mapion
*山吹の里歴史公園  越生(おごせ)町




ある日、太田道灌(1432-1486)はにわか雨にあい、粗末な家にかけこみました。「蓑(みの)を貸してもらえぬか。」と声をかけると、少女が出てきました。

その子は、蓑ではなく山吹の花をだまって一輪さしだしました。

太田道灌は「ほしいのは花ではない」と怒り、ぬれながら帰宅しました。


*蓑虫 【画像】蓑に由来する虫


その夜、太田道灌は近臣から、古歌を示されました。

七重八重花は咲けども
山吹のみ(実)のひとつだに
なきぞかなしき



娘は蓑ひとつなき自宅の貧しさを山吹にたとえたのでした。

太田道灌は、不明を恥じ、この日を境に歌道に精進するようになりました。

*ここの山吹は、八重山吹(ヤエヤマブキ)といって、実がみのりません。


太田道灌は、1457年に父と川越城を築きました。兵法に長じ、歌人としても名高く、漢詩文の素養にもすぐれていました。■






七重八重(ななえやえ)

花は 咲けども
山吹の
みのひとつだに
なきぞ
悲しき」



山吹の花

しだれた枝が風になびくさまを「山振(やまぶり)」と表現し、 「山吹」になったと言われています。山吹はバラ科に属します。

山吹色とは、わずかに赤みを帯びた鮮やかな黄色です。



山吹橋を通りかかったら鶴が



竜門冬二『小説 太田道灌』PHP文庫、1994年
◆太田道灌の眠る龍穏(りゅうおん)寺:越生町  (#3,2004年7月28日)

龍穏寺は1200年以上も前に役行者(えんのぎょうじゃ)らによって創始されました。関東の曹洞宗の第一の寺でした。戦火に包まれたあと、太田道灌が父と再建しました。明治維新後は寺領は没収されましたが、徐々に復興しつつあります。

*曹洞(そうとう)宗
鎌倉時代の道元がはじめた禅で有名な宗教です。
*曹洞宗・曹洞禅ネット



龍穏寺の山門

*龍穏寺の位置 あじさい街道左下の「卍」印です。龍穏寺の名が見えませんので越生町役場に連絡しておきました。
*地図追加 2004年7月31日
越生町周辺図



太田道灌像



寺の周囲は野鳥の森となっています。


「火の見下」停留所から歩きました。車がほぼ通らない山道です。途中の畑には、柵がありました。イノシシがあらわれるようです。



イノシシよけの柵


途中、ツルニンジンが群生しているところがありました。

*ツルニンジン(蔓人参)の効能



ツルニンジン(蔓人参)



龍穏寺の所在地

所在地:埼玉県入間郡越生町龍ヶ谷452
交通:越生駅からバス「火の見下」で下車
連絡先:0492−92−3855

◆時代の先端を行く「緑・花文化の知識認定試験」 :森林公園 (#4,2004年8月4日)

武蔵丘陵(むさしきゅうりょう)森林公園は、東京ディズニーランドの6倍の広さがあります。7月25日は、開園30周年記念無料公開日でした。

海がない埼玉県では。ウォーターランドプールが呼び物です。

*武蔵丘陵森林公園
*滑川(なめがわ)町役場



草花には、名札が



環境問題を理解するには、身近な草花、昆虫が人間と同じ生命体であることを知り、いつくしむことです。そのためには、まずは名前を知ることが大切です。



北原白秋は、知らない草花を「名も知れぬ」ではなく、「名も知らぬ」といいました。


21世紀の新たな環境作りに取り組む人材はこういったところからも生まれます。

「緑・花文化の知識認定試験」は、今年で第6回を迎えます。

*緑・花文化の知識認定試験




こんなにあるカエデの葉

カエデ見本園にて。

*カエデの園芸品種 【画像】

*カエデの語源は、「蛙手(カエル+テ)」です。




ヤブレガサ(破れ傘

若い葉が出たときに葉がすぼめた破れ傘のようになっているところからつけられた名前です。上は、立派な傘です。↓

*ヤブレガサ【画像】700件。名前がダイジってことがわかります。



ヤマユリ

木々の緑の中にあってひときわ目立って大輪の白い花を咲かせていました。ヤマユリの園にて。




チョウトンボ(蝶トンボ)

チョウのようにひらひらと飛ぶのでチョウトンボとなりました。うしろの羽が幅広です。沼が好きです。

*チョウトンボのイラスト
*トンボは、「飛ぶ棒」が語源です。
*トンボの古名は、「あきづ」です。。沖縄語では、今もこの系統の語を使っています。沖縄語にはまだ、係り結びもあります。沖縄人は、古文を習うのが有利な立場にあります。




赤トンボと青トンボ

赤とんぼと塩辛トンボが仲良くならんでいました。



*森林公園は若人にとっては、ただのだだっ広い林のようで、引きつける何かが足りません。歩道も不備です。ルートガイド(道案内)にも一考を要します。


*森林公園駅から羽田、大阪へ

森林公園駅から羽田空港行き高速バスが運行されています。2200円。

大阪行きもあります。9000円。

川越からも利用するこtができます。

*国際十王交通


◆森林浴の黒山三滝:越生町 (#5,2004年8月11日)

黒山三滝は、日本観光百選にも選ばれたことがあります。修験道の道場ともなっています。川越から半日コースです。



男滝と女滝

*黒山三滝 アクセス


黒山三滝は、森林浴に最適です。

滝からのマイナスイオンで心身がリラックスします。

木々の緑で心がやわらぎます。

フィトンチッドで精神が安定し、ストレスが発散します。


東京へ出かけると1週間神経ズタズタ状態になります。

森林浴からかえると、1週間心が落ち着き、2,3日後に心身はイヤシモードに入ります。



森林浴コース


黒山三滝は、越辺(おっぺ)川の源流です。

*越生線の川


黒山行きバスの終点で降りると、黒山鉱泉があります。ゆっくり徒歩20分で黒山三滝です。

*黒山鉱泉


ところで、男滝は女滝より、大きくて、強くて、高いところにあります。いずれ問題になるかもしれません。

◆黒山三滝の裏手は霊山:役行者(えんのぎょうじゃ)の石仏 (#6,2004年8月18日)

世界遺産に選ばれた和歌山県の熊野神社は、修験道の本山です。

*紀伊山地の霊場と参詣道 【地図】


荘厳な雰囲気に包まれている黒山は、1398年に熊野神社の関東支部になりました。毎年7月の第1日曜日には、古式豊かな滝開きがとりおこなわれます。


山は、風化と浸食により、次第になだらかになって老年期に向かうものです。しかし、日本の山は、特別で山を覆う森林が風化や浸食を防いでいるので、小さな山でも急峻で襞(ひだ)が細かいです。

*上田篤『都市と日本人  「カミサマ」を旅する』岩波新書

黒山三滝の裏手の太平山に役行者の石仏があります。ロープをつたって上り下りする箇所もありますので、手袋が必要です。


ムカーシは、山自体が神でした。山の中、つまり神の中に入ってキビシーイ修行をして、験(げん、=超自然力)を修める(獲得する)ための宗教が修験道(しゅげんどう)です。

修験道の開祖は、役行者(えんのぎょうじゃ)です。7世紀後半の人です。

修験者(しゅげんじゃ)は、山に伏す、つまり山で寝起きすることから、山伏(やまぶし)とよばれました。

*義経が黒山を通ったのは、弁慶が山伏だったことに関係があるでしょう。


「山駆け」では、険しい山の中の道を小走りに何日も歩き通しました。千日行が有名です。途中で脱落することは死を意味しました。命懸けの修行で初めて、験(げん、=超自然力)を得ることができました。


川越などの郊外に住む利点は、このような霊山への半日登山ができることです。

心身が自然にバージョンアップされます。

*森林浴の5つの効果

*町田宗鳳『山の霊力  日本人はそこに何をみたか』講談社選書





傘杉峠

傘杉峠に登るには、険しいので軍手が必要です。



傘杉峠からの眺望




役行者(えんのぎょうじゃ)石仏(いしぼとけ)

足元に二鬼(にき)が控えています。黒山三滝の裏手の太平山にあります。



鬼のひとつ
◆東上線の駅と最寄りの自治体 (#7,2004年8月25日)

川越駅から終点寄居駅までの駅名と最寄りの自治体をあらわした表です。



東上線駅名 市町村 越生線駅名 町村
寄居(よりい) 寄居町  岡部町  
長瀞(ながとろ)町
玉淀(たまよど) 寄居町
鉢形(はちがた) 寄居町
男衾(おぶすま) 寄居町
東武竹沢 小川町
小川町 小川町  江南町  
武蔵嵐山(らんざん) 嵐山町 越生 越生(おごせ)町  都幾川村
つきのわ 滑川(なめがわ)町 武州唐沢 越生(おごせ)町
森林公園 滑川(なめがわ)町 東毛呂 毛呂山(もろやま)町
東松山 東松山市  吉見町 武州長瀬 毛呂山(もろやま)町
高坂 東松山市 川角 毛呂山(もろやま)町
北坂戸 坂戸市 西大家 坂戸市
坂戸(さかど) 坂戸市 一本松 鶴ケ島市
若葉 坂戸市
鶴ヶ島 鶴ケ島市  川越市
霞ヶ関 川越市
川越市 川越市
川越 川越市  川島町  
◆毛呂山(もろやま)町の鎌倉街道(#8,2004年9月1日)

毛呂山(もろやま)町の「毛呂山町歴史民俗資料館」裏から、鎌倉街道を散策することができます。

鎌倉街道とは、その昔鎌倉と関東諸国を結んだ道です。鎌倉幕府成立から戦国時代の終わりまでの約400年間栄えました。

この鎌倉街道は文化庁の「歴史の道百選」にも名を連ねています。

*鎌倉街道 毛呂山町

*鎌倉街道上道(かみつみち)

*鎌倉街道 毛呂山を起点として 地図下の歴史民俗資料館裏が起点


毛呂山町は、歴史や民俗に関する資料の収集、保存、調査、研究に熱心です。


*毛呂山町歴史民俗資料館

*毛呂山町の埋蔵文化財

*町の指定文化財を訪ねて  

*毛呂山(もろやま)町




鎌倉街道上道(かみつみち)



鎌倉街道道標



郷土史研究会誌

◆義経が振りかえりながら登った顔振(かあぶり)峠 (#9,2004年9月16日)

着替えのTシャツを数枚用意して、灼熱(scorching hot)の9月14日、顔振(かあぶり)峠をめざしました。

*「暑い」の英語での形容
scorching, muggy, sweltering, scorching 、sultry

*顔振峠【地図】東武越生線の越生駅からバスで黒山で下車。黒山熊野神社先の三叉路が黒山バス停。


越上(おがみ)山経由で登ることにしました。ハイキングコースではないので、案内板もなく、ゴミだけが目立つ道路でした。


山道にはいると、よく整備されたコースが顔振峠まで続きます。はじめから山道を歩いた方がよろしいです。フィトンチッドが満ちています。


顔振峠からは、丹沢、奥多摩、奥武蔵、秩父の山々、そして真っ白い富士山もくっきりと望めます。もやっていない日には。

*顔振峠からの富士山


義経(1159-1189)、弁慶主従が、奥州へ逃れる途中、あまりの眺望のすばらしさに振りかえり、振りかえりしたというので、顔振(かあぶり)峠と名づけられたといいます。500メートルの高さです。


顔振(かあぶり)峠から黒山への下り道は、勾配がきつく、滑り落ちてしまいそうな箇所も多いですが、よく整備されています。軍手を着用しました。

* *義経武蔵国紀行




電線にかぶさる枝はらい

電線が被害にあわないようにしょっちゅう見張ります。



放置自動車



ゴミの山

越上(おがみ)山への道路は観光コースではないせいか、ゴミが目立ちました。



越上(おがみ)山頂付近

左が毛呂山(もろやま)、鎌北湖。右が顔振峠



歩きやすい心地よい山道



顔振(かあぶり)峠の碑



頂上からは北に熊谷が

*上の景色のもう少し右が川越です。川越藩主の娘が義経の妻「京姫」でした。義経、京姫は、ここで何を思いやったのでしょうか?



*源義経 ウィキペディア

*森林浴の5つの効果

* 宮崎良文『森林浴はなぜ体にいいか』文春新書、2003年

◆荒川は埼玉の母 :川の博物館、寄居町(#10,2004年11月11日)

荒川とは洪水を起こしやすい「荒ぶる川」です。全国で33の荒川があります。


埼玉を流れる荒川は、甲武信岳に源を発し、流域面積は埼玉県の面積の3分の2を占めます。河川敷は日本一大きいです。「埼玉の母なる川」です。


甲武信ケ岳(こぶしがたけ)の水は

    山梨では 笛吹川→ 富士川
    長野では千曲川→信濃川

となります。

甲武信とは、甲州(山梨)、武州(埼玉)、信州(長野)のことです。ここから埼玉県は西は、山梨、長野に接していることがわかります。

*甲武信ケ岳(こぶしがたけ)の位置


1910年、大洪水があり、そのあと荒川放水路が造られました。荒川放水路は今では荒川とよばれています。元の荒川は、隅田川になりました。 


埼玉の地形は三分されます。

    西部では山地帯
    中央部では丘陵地帯
    東部では低地帯

です。


荒川は、奥秩父の山々の水を集め、東流し、長瀞の景勝をつくり、寄居町で関東平野に流れ出ます。このようなわけで寄居町に「さいたま川の博物館」があります。

*さいたま川の博物館 寄居町


寄居町には水に関する観光名所がたくさんあります。風布川(ふっぷがわ)の日本水(やまとみず) は環境省の「名水百選」に選定されています。

*寄居町役場 >寄居"水"探訪

*名水百選 環境省



荒川の5流域さいたま 川の博物館にて)

源流域、河岸段丘域、扇状域、人口河川域、都市河川域



さいたま川の博物館




鉄砲水の実験


*関東の河川 【地図】
かつては荒川は、利根川に注いでいました。

秩父湖→長瀞→熊谷→ 利根川

*荒川をめぐるたび 百選 荒川上流河川事務所



さいたま 川の博物館前の河原

川は子供にとって天国です。虫、魚、花  泳ぐ、食べる、家族
◆若葉駅前のモール「ワカバウォーク」 (#11,2005年2月10日)

若葉駅前に2004年夏にモールができました。ショッピングモールとは、大規模商業施設のことです。交通至便で駐車場完備です。

*ワカバウォーク (Wakaba Walk)

50以上のショップが入居しています。

ショップ情報


飲食店も15店ほどあります。

  • タリーズコーヒー  
  • サーティワンアイスクリーム  
  • ふらんす亭  
  • カプリチョーザ  
  • カフェ・ディ・エスプレッソ珈琲館  
  • 築地銀だこ  
  • ファーストキッチン  
  • ケンタッキー フライドチキン  
  • はなまるうどん  
  • SARIO  
  • おむらいす亭  
  • 石焼ビビンパ  
  • クレージークレープス

シネコンもあります。シネコンは、シネマコンプレックスの略で、ショッピングセンターなどに併設された、6〜18ぐらいのスクリーンをもつ複合型映画館のことです。

CINEPLEX


近隣の商店街はさらにさびしくなっていくでしょう。

*〇今は真っ暗な新撰組の時代 (2005年2月10日)

ただ鶴ヶ島のダイエーは閉鎖をまぬがれました。埼玉では所沢のダイエーが閉鎖です。

*閉鎖対象のダイエー








▼川越にはぶらぶら歩きの楽しみが

川越のショッピングの中心は丸広です。丸広までは、駅からかなりあり、そのために道筋に商店街が発展しました。

川越にはぶらぶら歩く楽しみがあります。地域固有の歴史、伝統、価値観、生活様式がマチにあるからです。

若葉駅前のワカバウォーク、坂戸駅前のイトーヨーカ堂は、もう少し引っ込んだところにあれば、商店街との連係プレーがとれ、歩く楽しみもふえたでしょう。

人は歩きたがりません。しかし、歩いたあとは、心身が快楽になるものです。

東上線を歩く 目次:桑原政則