コラム:トルコを歩く

コラム:トルコを歩くです。1995年にトルコを訪問しました。その時、つれづれにトルコに関する川柳をものしました。このページでは、川柳をもとにトルコを歩きます

トルコを歩く まとめ 桑原政則

日露戦争
日本の勝利によって トルコはロシアの植民地になることをまぬがれた。
トプカプ宮殿
オスマン帝国のスルタンの居城。世界遺産の一部
アヤソフィア
ギリシャ正教の大本山
ボスポラス海峡
アジアとヨーロッパを分ける海峡。この海峡を有するイスタンブール市はアジアとヨーロッパにまたがってある。
ケマル・アタチュルク
トルコ共和国を樹立し、明治政府にならってトルコの近代化を推進したトルコの父
チャイ
インド風の紅茶
バザール
屋根のある商店の並ぶ市場
アンカラ
アナトリア高原にあるトルコの首都
ヒッタイト
BC1700年には鉄と乗馬で統一国家。今のトルコ民族とは無関係
カッパドキア
奇岩の広がる地域で、かつてはヒッタイト王国の中心

http://www.europe-z.com/tabi/tu199712/photo/map.jpg

アジアの地図  トルコの地図 アイラン アタチュルク アヤソフィア  アナトリア文明博物館 アンカラ イスタンブール イスティクラル カッパドキア カパル・チャルシュ  カッパドキア ガラタ橋 金角湾  チャイ トプカプ宮殿 トルコ料理  バザール ブルーモスク  ボスポラス海峡  ラク  


トルコと日本の関係
トルコ人 日露戦争 今も忘れず 日本に感謝 

トルコ人は日本が1904年日露戦争で、勝利したことを今でも感謝しており、東郷、乃木将軍の名をよく知っている。トルコは当時ロシアの攻撃におびえていた。負ければ植民地になることは確実であった。

トルコは、アイルランド、台湾と共に世界の三大親日国である。 東郷平八郎は、トルコ人にとり世界的英雄である。

トルコ人はいう。「日露戦争は、非白人国が白人国を破った歴史的大事件であった。日露戦争により、アジアは独立への火をかき立てられ、アフリカのようにヨーロッパ列強の餌食にならずにすんだ。日本ではこのことは過小評価されすぎている。」

<日本とトルコの秘話>

日本・トルコ友好秘話 Flashによる三大親日国家トルコと日本の間の秘話。

絵物語 エルトゥールル号の遭難

エルトゥールル号遭難事件ウィキペディア

<日露戦争に関する読み物>

司馬 遼太郎『坂の上の雲』全8巻、 文春文庫

www.city.maizuru.kyoto.jp/yokogao/ nikujaga/niku.html


親日的なトルコ人
トルコ人 ドスト、ドストで ニーコニコ  

トルコ人に向かって、トゥルキエ、ジャポーニャ(Turkie, Japonya)といって、両人差し指をすりあわせながら、ドスト(dost=友だち)、ドストというと例外なく、にっこり笑ってくれて、タクシーの運転手も物売りも値段をっかけなくなる。

 正確には、「トゥルキエ イレ ジャポーニャ、ユルラルダンベリ ドスト、 デイール ミ?」(トルコと日本は、昔からのともだちでしょう?)という。


トプカプ宮殿 Topkapi Palace
今もなお 世界に誇る トプカプの秘宝

トプカプ宮殿(Topikapi Sarayi )は、△△△△トルコ(1299ー1922)の絶対権力者スルタンの居城であった。

△△△△トルコは、16世紀にはバルカン、東欧、アフリカ北岸、西アジアに領土を有していた。宮殿はそれ自体が町であった。今は博物館として、帝国が残した世界に誇る秘宝を陳列している。


*Topkapi Palace 【画像】

*オスマントルコ 【地図】

*Ottoman Turks 【画像】

*トプカプとは「大砲の門」という意味。

オスマン

http://www.ee.bilkent.edu.tr/~history/istan.html

www.ee.bilkent.edu.tr/ ~history/istan.html

www.luvtotravel.homestead.com/ Istanbul.html


ブルーモスク
イスタンブール ブルーモスクが ブールブル
 
ブルーモスクは△△△△△△△のボスポラス海峡とマルマラ海を見下ろす丘にたっている。早朝のブルーモスクは、訪れるひともなく、なぜかさびしげにブールブルふるえながら、ひとり寒さに耐えている。

ブルーモスクは、1616年に建てられたイスラム教寺院である。内壁を飾るタイルが青いのでその名がある。正式にはスルタン・アフメットが建てたので、スルタナメット・ジャミーとよばれる。

イスタンブール

 

桑原政則:トルコのブルーモスクにて

 Mas Kuwabara  1995


アヤソフィア(Ayasofya)
キリストと イスラム同居の アヤソフィア

アヤソフィア(Hagia Sophia )は△△△△正教の大本山であったが、のちにイスラム教寺院となり、今では博物館となっている。

キリストを抱いたマリア像やキリストの座像もあり、またイスラム教のミナレット(尖塔)やミフラープ(メッカの方向につけられた壁のくぼみ)もある。

キリスト教とイスラム教の共存する建造物である。ビザンチン教会の最大傑作アヤソフィアは、キリスト教とイスラム教の共存する建造物である。

*Ayasofya 【画像】

*アヤソフィア 【画像】

ギリシャ

www.internationaltour.no/ Presentation.html


イスラム教
コーランの 声さわやかに ああトルコ

トルコは中東では、自由開放的で、服装も一部を除いては日本とかわらない。トルコの銀座イスティクラル(Istiklal)をミニスカートの女性がさっそうと闊歩している。町にはアラビア文字もない。

しかし、朝まだきに△△△△の祈りがきこえてくると、ああここはイスラム圏なんだなと、実感される政教分離のため熱烈な信者は少ないが、国民のほぼ全員が、イスラム教徒である。

*Istiklal 【画像】

コーラン

 

ボスポラス海峡
ボスポラス 世界を平和に つないでおくれ

△△△△△△△(地名)のボスポラス海峡は、アジアとヨーロッパを分ける海峡である。この海峡は、文明の十字路であると共に、戦争の十字路でもあった。古来よりどれほど多くの名もないひとが戦いや王国の栄華の犠牲となったことか。

ボスポラスよ、もうこれ以上おんな、こどもを泣かす海峡にはならないでおくれ、平和の海峡になっておくれ、と願わずにはいられない。 

*Bosphorus 【画像】

*イスタンブル ウィキペディア


イスタンブールのガラタ橋
ガラタ橋 行き交う顔の さまざまさ

金角湾(Golden Horn)にかかるガラタ橋からはブルーモスク、アヤソフィア、トプカプ宮殿、さらに△△△△△海峡を一望できる。このにぎやかなガラタ橋を歩くと、つくづくトルコが民族の十字路であったことがよくわかる。

トルコ人の顔は、アジア系あり、ヨーロッパ系あり、スラブ系あり、アラブ系ありでじつにさまざまである。トルコ人に父と母の人種をきくと実に様々だ。

トルコには250の少数民族もいる。


*Galata Bridge 【画像】

 

ボスポラス

Mas Kuwabara 1995


イスティクラル
君知るや イスティクラルは トルコのウィーン 

イスティクラル通りは新市街の高台にあるタキシム広場から始まる。、ハイセンスなエリアでイスタンブールの銀座である。多人種の国トルコだけに、はっとするような人がここを通る。トルコ一のおしゃれなデパート、バッコ(Vakko)もここにある。

なにもすることがないとつい足は自然にここに向かってしまう。イスティクラル通りをひやかしながら、トルコでただ一つのチュネル(地下鉄)にのると、あっというまにガラタ橋まで運んでくれる。

*Taksim Square 【画像】

www.e-turchia.com/ Meta_al_giorno_22_Istanbul_BALIK_PAZAR.ht


意外にない外国食
イスティクラルに あれば繁盛 日本食堂

 ふだんからやわらかい水に慣れ親しんでいる日本人の胃は、トルコの□水に苦しめられる。ミネラルウォータも□水である。油っぽいトルコ料理にあきたころ、恋しくなるのが日本料理である。しかしトルコの銀座イスティクラルには日本料理店がない。せめて、ラーメン、うどん、カレー、おにぎりぐらいでもあきなう店がほしい。あれば繁盛するであろう。 






建国の父 △△△△△△ (Mustafa Kemal Ataturk)
△△△△△△ 今も見守る トルコの民を 

ケマル・△△△△△△の次に偉いのはだれか、とトルコ人に聞くと、誰もが、「いない」という。

△△△△△△はトルコでは国民の尊敬を一心に集めている隔絶した民族英雄である。ベトナムのホーチミン、タイの現国王がこれに比肩できる存在であろう。

町の至る所に、また学校にも△△△△△△の肖像画や像がある。△△△△△△とは、「父なるトルコ人」という意味で議会からおくられた。

△△△△△△は、1923年トルコを誕生に導いた初代大統領である。亡国寸前のトルコを救い、現在のトルコをつくったのはアタチュルクである。△△△△△△は、トルコの近代化をはかり、イスラム教を政治から分離させ(政教分離)、アラビア文字を廃止しローマ字採用し、一夫多妻制を廃止した。

 毎年11月10日の9時5分には、トルコのあらゆる交通機関がストップする。1938年11月10日9時5分になくなった△△△△△△に、全国民が黙祷をささげるためである。

今も△△△△△△が息をひきとったイスタンブールのドルマバフチェ宮殿の時計は、9時5分のままである。

*Kemal Ataturk

アタチュルク

桑原政則:トルコ皇帝の子孫のおばあさんと
Mas Kuwabara 1995  皇帝の直系の子孫と

www.turkishnews.com/gencitu/

www.efes.net.tr/izmirturizmmd/ kultur/anite.htm


トルコでの勘定
トルコでは 会計いつも ワンチェック  

食事の会計はもちろん、ホテルの部屋代や汽車やバスでも一人一人が払うことは考えていない。割り勘(separate)の習慣がないようだ。それとも、インフレで数字が多すぎるために、勘定が面倒だからだろうか。


超インフレのトルコ
成金の 気分になりたきゃ トルコで換金 

イスタンブールの超高級ホテル、スイソテルの中にある日本料理店ミヤコで昼食をとった。カードで8人分をまとめて払ったが、請求額は10,160,000リラであった。テン・ミリオンなどと口頭でいわれると、なれないうちは、どうしてもガクーンときてしまう。

日本に帰ったら、請求額は21980円であった。


英語
トルコでは わたしゃ、英語の 達人さ 

トルコ人は英語をあまり話せない。ホテルのフロントでさえ上手でない。したがって、意志疎通のためには、英語をたくさん話さなければならず、自然に自分の英語に自信がもてるようになる。

ここをおとずれる観光客はドイツ人、フランス人、イタリア人が多いが、驚くほど英語が苦手である。自分の英語に自信をもつためには、トルコへ行こう。ゲストハウスで、外国人と友達になりいっしょに旅をしよう。

*guest house 【画像】


チャイ (トルコティー)
トルコ人 一日何度も Tea, sugar, dream  

トルコでは街中にチャイ(紅茶)があふれている。ロカンタ(食堂  rokanta)でも、じゅうたん屋でも、銀行のカウンターでも、チャイを飲む光景がみられる。小さなグラスに入った濃いめのチャイに、角砂糖を2つほど入れ、ゆっくりと時間をかけて夢を見るように飲む。チャイは黒海沿岸で栽培される。

トルコ語で「ありがとう」は、テシェキルエデリムという。Tea, sugar, dreamと早口でいうと、テシェキルエデリムときこえる。

 

 


水タバコ
水タバコ 吸って、おいらは トルコ人 

グランドバザール(大市場)の近くのチャイハネ(喫茶店)で水タバコをすった。ホースの先についた60センチほどのキセルをくわえて、2時間ばかりのんびりすごした。

毎日ここへきて世間話をしながら、チャイを飲み、煙をふかすのが、トルコの老人の楽しみのひとつになっている。

トルコでは黒海沿岸にタバコの産地があるので、タバコは良質で安い。

桑原政則:トルコの水タバコ

Mas Kuwabara 1995   隣のオーナーはまだ26歳だという。


タクシー
5人乗り OKですよ トルコのタクシー 

トルコのタクシーには定員制がない。6人乗りで、ジャパンクラブまで出かけたこともある。タクシーにはチップを払う必要はない。ただ、遠回りして距離をかせぐ運転手がいる。

予防策は、「ブギュン、スジャック、デーイルミ?」(今日、暑いね?)といったり、「トゥルキエ イレ ジャポーニャ、ユルラルダンベリ ドスト、 デイール ミ?」( Turkie ile Japonya ywllardanberi dost, deeil mi? トルコと日本は、昔からのともだちでしょう?)といって、牽制しておく


バザール
バザールで なにも買わぬと 「もってけどろぼう」 

日本人観光客が店の前を通り過ぎようとすると、「もってけどろぼう」とか「千円落ちたよ」といって、日本人かどうかを確かめ、気を引く。

グランドバザール(Grand Bazar)は中東一の大きさを誇り、屋根をもつ歩廊式の建物内に商店がならび出入り口も20以上ある。

グランドバザールはトルコ語でカパル・チャルシュ(屋根市場)という。幅が2間ぐらいしかないのに、1間あたり1億円するという。屋根があるので、1年中客を呼べるから高いのであろう。

*Grand Bazar 【画像】

www.tourist-offices.org.uk/ Turkey/gallery/


ゴミ箱のない国」
ゴミ箱が どこにあるやら イスタンブール 

イスタンブールにはゴミ箱がない。ドイツに習って、ゴミ箱を街におかないようにしているようだ。


雑然
トルコでは 無秩序・混乱 列がない 

ものを買うときや、切符を買おうと並んでいても、ちょっと前との間隔をあけると、すっと前にわりこんでくるし、列がいつの間にか2列、3列になっていたりする。


液状ヨーグルト アイラン
アイランは オイランも好きさ アイランユー 

アイランは液状のヨーグルトで酸味がある。これを毎朝食べてトルコ人は体調をととのえる。□をふると、いっそうおいしくなるという。ケバブ(肉)を食べたあとに食べると、口の中がさっぱりする。

*Ayran 【画像】

www.istanbultravelguide.net/ turkishdrinks.htm

トルコ焼酎 ラク
起き抜けに ラクを飲んだら クーラクラ

ラクは、少し香りがあり、甘みがある強い酒である。別名をライオンのミルクといい、水で割ると不思議なことに白く濁る。

乾燥したアンカラの地で起き抜けに、昨晩の残りのラクを水とまちがえ、一気に、ラクを飲んでしまったこともあった。水で白濁したラクは、時間をおくと透明になる。

 

www.cypnet.com/.ncyprus/ cypcuisine/


洗濯
洗濯は 汗とるために すすぐだけ 

旅も日数を数えるにつけ、けだるくなってくる。小さい洗面台で洗剤をつかって、丁寧に洗濯をしたり、すすぐのが、わずらわしくなってくる。汗をとるだけにすすぐだけでよかろう。

どうせバックパッカーですもん。休養が第一。 (^^ゞ


乾燥
アンカラで 洗濯すれば すぐカラリ  

アンカラは砂漠の中にあるといってよく、湿度が少ないので、洗濯物は陰干ししておいてもすぐ乾く。湿度を上げるためには、部屋にしぼらずに干しておくとよい。

アンカラはアナトリア高原にあり、1923年、共和国の成立時にイスタンブールに代わって首都になった。

*Ankara 【画像】

*アンカラ ウィキペディア


乾燥気候」
アンカラを 10分あるけば カーラカラ 

乾燥した暑いところでは、すぐのどがカーラカラとなる。からだの水分、塩分がうばわれやすいので、つねに十分補給する必要がある。

また、アンカラでは、乾燥した空気と車の排気ガスでのどをいためやすいので、うがいをしばしばおこなったほうがよい。くちびるはすぐかさかさになるので、リップクリームがあれば助かる。


旅に不向きな大都市
排気ガス ストレス、騒音、高物価 大都市からは逃げるにかぎる 

大都市では、体調をこわしやすい。大都市の

博物館、歴史的建造物よりも、ひとときのいこいやひととのふれあいを求めて、小さな町へ早く行こう。アンカラは1日でよい。


歴史の地 トルコ
土掘れば 今よみがえる 千古の栄華  

トルコの地は、民族興亡の地で、紀元前にすでにヒッタイト時代、フリギア時代、リディア時代、イオニア時代、ペルシャ時代、ヘレニズム時代を経験し、紀元後にはローマ時代を迎えたところである。

今も至る所から千古の栄華がよみがえっている。アンカラでもつい8年前ローマ劇場のあとがみつかったばかりだ。

トルコは漢字で土耳古と書く。「土」とはトルコのことでもある。

*ヒッタイトウィキペディア

*リディア ウィキペディア


トルコの食べ物
トルコ食 なぜなぜそんなに オイリーか 
下痢に病んで 夢は和食を かけめぐる 
これがまあ 世界の三大 料理とは  


トルコ食は、オリーブ油がいっぱいで消化不良を起こしやすい。 スープも油がいっぱい。チャーハンにもマーガリンをどっさり入れる。油、油で2、3回で胃がげんなりしてくる。トルコのミネラルウォーターは硬水で、日本人の胃にはきびしすぎる。これも下痢の原因となる。
ミネラルウォーターに麦茶パックをいれるとそれなりの麦茶になる。

トルコ食は世界三大料理といわれれる。

www.istanbultravelguide.net/ vegetables.htm


心臓に悪いトルコ料理
トルコ人 あぶらと塩で 心臓病  

トルコ食は油っぽいか、しょっぱいか、甘ったるいかである。トルコ人には、心臓病が多いが、むべなるかなである。オリーブオイルは体によいとされるが、胃に重い。また、オリーブの実は食べ過ぎると胃に悪い。


アイスクリーム」
下痢・嘔吐 アイスクリームの 強烈さ  

観光案内兼タクシーの運転手が買ってきて勧めてくれたホームメイドのアイスクリームを、好意にさからえず、食べてしまった。食べたあとですぐ後悔した。案の定、腹痛をもよおし、その晩から明け方まで一睡もできず、吐き通しであった。


コーラ
下痢止めに コーラを飲めと 医者のいう 

医者にかかったら、水よりも常温のコーラを飲むことをすすめられた。実際、コーラの方が具合がよい。ミネラルウォータが胃に悪い証左である


病気
ホテルにて ひとり静かな 至福の一日 

食中毒になり、なにも食べず、飲まず、病気の一日を天井を見つめたりしながら過ごした。これが、思ってもみなかった至福のひとときであった。本も読みたい衝動もおこらず、退屈することなく、体をベッドにじっと横たえているだけで、なぜかしあわせであった。

長旅の心の疲れが、この一日で洗い流されたようだった。明日からまた、楽しむぞ。
それにしても「旅に病んで、身にしみわたる 人の親切」。日曜日にもかかわらず遠くからお医者さんがきてくれました。


トルコの薬
トルコでは トルコの薬に 如くものはなし 漢方・和薬 すべてこれだめ

下痢止めにセイロガンをごっぽりのんでもなおらず、マレーシアで仕入れた漢方薬も投与したがききめなしのメンバーがいた。

しかし、トルコの薬を飲んだらピタリと止まり生気をとりもどした。


トルコの桃
下痢つかれ 桃をたべたら ピーチピチ  

下痢に桃を食べれば、体がいずれピーチピチしてきた。トルコのピーチはうまい。


味噌汁の素
トルコには もっていくべし 味噌汁の素 

味噌汁の素やお粥の素などのインスタント食品と湯沸かしカップを持っていくと、胃にやさしい和食ができて便利である。麦茶パックもミネラルウォータにいれるためにもっていこう。


ムール貝(moule)
ムール貝 味はよけれど 毒いっぱい 

ムール貝は汚染に強い貝である。ちかごろトルコの近海は、マルマラ海をはじめとして、よごれてきている。

泥土のなかにすむムール貝を食べるときは、十分注意しよう。店を選ぼう。一流の店ならば安心である。

www.saiyu.co.jp/ photo/1/3.html

 


タバコ
バス旅行 タバコにむせて グロッキー 
バスの旅 頭くらくら 目は真っ赤  

トルコ人はタバコ好きで、ノンスモーカーに対する配慮がなく、はめ殺しの窓のバスの中は煙でむんむんする。ノンスモーカーは長距離のバスの旅は考え直したほうがよい。ただ、2階建てのバスは1階が禁煙だときくが確かめたほうがよいであろう。


「トルコ人 字が読めないのか 禁煙なのに」
「トルコ人 タバコは権利 いつもどこでも」

禁煙のサインがあっても、タバコの産地だけに平気でたばこを吸う。


タバコ
タバコ好き 女子高生も 門外で  

アンカラの博物館Etnografya Muzesの裏にある名門らしき高校に入って、高校生と写真をとった。帰り際に校門の外をふと見ると、気品のある女子高生の一団がタバコをすっていた。


着陸
トルコ人 飛行機、着陸 パーチパチ  

マレーシアからの飛行機がイスタンブールに着陸すると、トルコ人はいっせいに拍手をした。みんなが落ちると思っているらしい。


ステュワデス
ステュワデス 少しの現地語 ニーコニコ 
ステュワデス こうも違うか アジアとUS

マレーシア航空のスッチーに「アパ・カバー」と挨拶すると、うれしそうに「カバー・バイ」と返してくれる。

トルコ航空でも「メルハバ」とやると、にこっと返事が返ってくる。Katakoto goes a long way.西欧のむすっとしたのと、対照的である


親切なトルコ人
道きけば すぐに集まる ひとびとのむれ

トルコ人は親切である。道をきくと好奇心も手伝ってか、近くのひともよってきて、ああだこうだと親切に教えてくれる。 アンカラの博物館の名前を手首にかいて、地図を見せながら、高校生に聞いたら、手首を握りながら教えてくれた。途中、さらに迷ったので、青年にきくと途中まで歩いて導いてくれた。


寝台車の旅
寝台車 風が夢よぶ 下痢さそう

異国で寝台車で遠くへ旅立つのは、ロマンそのものだ。夜空に映えるイスタンブールの町、やがて列車の音だけがひびく真っ暗闇の世界、夜明けには大草原で黙々と草をはむ羊、いずれもが夢をよぶ。しかし、安心してはいけない。トルコの夜風は乾いて冷たい。

暑い昼間の服装のままだと、おなかまでもが急行列車となってしまう。夜汽車はイスタンブールを夜の10時にたち、首都アンカラに朝7時につく。イスタンブール・アンカラ間は400キロの行程である。


ヒッタイト
鉄・馬で 世界制覇の ヒッタイト

アンカラのアナトリア文明博物館は、別名をヒッタイト博物館といい、ヒッタイトの陳列物では世界一である。アンカラで真っ先に訪れるべき博物館である。ヒッタイトは、BC1700年には統一国家を建てたが、勢力を伸ばした大きな原因は、鉄の発明と乗馬によるところが大きい。


カッパドキア 
(Cappadocia)
カッパドキア 奇岩珍岩 人の顔
土を掘る カッパドキアじゃ それが家

カッパドキアは見渡す限り奇岩の広がる地域である。太古からの火山活動と浸食作用によって、大きな岩がつくしのようにはえている。

地下8階まで掘られた1.5万人が生活していたという地下都市もある。また、洞窟教会堂もある。3世紀にはキリスト教の修道士がこの地方にきてたが、やがてイスラムの侵攻から逃れるために洞窟に教会をつくるようになったものだ。

カッパドキア地方は、絨毯の産地で全トルコの60%を生産する。 

紀元前15〜前12世紀にはヒッタイト王国の中心であった。

この洞窟が住居であった。

Mas Kuwabara 1995

桑原政則:トルコのカッパドキアにて

有名なラクダ岩。自然の作為。


散髪
カッパドキアで 散髪すれば 頭はカッパかキノコ岩  

トルコ人は頭髪を短く刈る傾向にある。したがって、できあがった頭は、おかっぱかカッパドキアのキノコ岩のようになる。


おみやげ屋
おみやげ屋 わざとまちがえ "Kore Yasul" 

おみやげ屋で"Kore Yasul"と書いた札があった。YasuiをわざとYasulとまちがえておくと、日本人がまちがってるとささやきあったりするので、そこで売り手ははなしかけるきっかけをつかむそうな。


おみやげ屋
おみやげ屋 「みるだげ だだ」で ひとさそう 

「みるだけ だだ」もおみやげ屋の惹句。"Kore Yasul"と同様、日本人の教育癖を逆用したものである。

 
 

トルコを歩く  問題  桑原政則

  1. ケマル・△△△△△△は、1923年トルコを誕生に導いた初代大統領で、トルコの父と言われる
  2. △△△△トルコは、16世紀にはバルカン、東欧、アフリカ北岸、西アジアに領土を有していた。
  3. トルコの総面積は、日本の(A、約半分 B、約2倍 C、約5倍 )である。
  4. トルコの人口(1992年)はおよそ(A、1000万人 B、6000万  C、1億人)である。
  5. クルド人の多い地域があり、中央政府との対立が問題となっている。その地域はトルコの(A、中央部 B、東南部 C、西部 )である。
  6. ヨーロッパとアジアの両大陸にまたがるこの国最大の都市は、△△△△△△△である。
  7. トルコの大半は△△△△△高原からなる。ギリシャ語で「日の出」を意味する。