桑原政則 研究室桑原政則の広場

日本語における上と下  

「ご□□○○」は目上には失礼 

他人が骨を折ってくれたときに感謝する際、目下の者は目上の者に、「ご□□○○」と言ってはいけない。というのは、「ご□□○○」という表現は、相手の行為に対する評価を含むからである。日本では、目下の者が目上の者を評価するのは、失礼とされる。(日本人が英語で人をほめるのが、下手な一因はここにある)。このような場合、「おつかれさま」、「おかえりなさい」を使う。

なお、ニュ−スレポーターが、外遊から帰ってきた首相に「ご□□○○」と言うのは、首相のなした公務に対し、国民を代表して、挨拶しているからであって、べつにレポーターが首相よりも偉いわけではない。

退社の際は、「□□します」と言う 

職場で上司よりも先に退社する際、「さようなら」といってはいけない。「さようなら」は、目上の者に使ってはいけない言葉である。「□□します」などと言う。同僚より先に退社するときには、「お先に」などと言う。

小学生は「先生、さようなら」というが、これは大人の日本語を知らない、つまりまだ日本人になっていないからである。

上司の講演には「□□になりました」と応答する

上司の講演などを聞いた場合、目下の者はその内容をほめるよりも、「□□になりました」といった方が、丁寧に聞こえる。

アメリカでは、子供が日本人の大人に「あなたは英語を上手に話します」などと率直に評価するので、不愉快に感じることがある。

上司に説明の際は「○○○○でしょうか」と言う 

会議においては、目上の者が先に発言すべきだと考えられている。目下の者は言いたいことがあっても、目上の者の発言をまず待つべきだとされる。また、会議で何かを説明する際、「おわかりでしょうか?」とは目上には言えない。相手の能力を試すことになるからである。目上の者の能力は評価してはならない。「○○○○でしょうか」などと言う。

Mr.Tanaka taught me.の訳し方

Mr.Tanaka taught me.は、「田中さんが教えました」ではなく、「田中さんが教えてくれました」と訳すのが日本語的である。「てくれました」とすると、そこに□□の気持ちがはいるからである。

Mr.Tanaka taught him.も、「田中さんが教えてあげました」としたほうが、親切な心使いがこもる。

日本語の呼びかけ   

日本語では、家族内では、年上の者は年下の者を、名前で「良子」、「良子ちゃん」などと呼ぶ。年下の者は年上の者を、「お父さん」などと親族名称で呼ぶ。年下の者を名前で、年上の者を親族名称で呼ぶのがきまりである。

親が長男、長女を「おにいちゃん」、「おねえちゃん」と呼ぶことがあるが、これは親が、末っ子の立場にたってのことである。一人っ子を「おにいちゃん」、「おねえちゃん」と呼ぶこともあるが、これは実在しない弟妹の立場から自分の子供を呼んでいるのである。 職場でも、上司は男性の部下を、「木村」、「木村君」、女性の部下を「鈴木さん」と姓で呼ぶ。時には、とくに女性の部下を、親しみをこめて「みっちゃん」などと下の名で呼ぶこともある。部下は上司を、「社長」、「部長」、「課長」などと□□名で呼ぶ。  学生間では、先輩は後輩を「吉田」などと呼びつけにする。女性の後輩には、「…さん」をつけることが多い。後輩は先輩を「先輩」と呼ぶ。

日本語社会は□□内外関係に敏感

英語社会では、動作をする「自分」はだれでも”I”であり、その相手はだれでも”Youで”ある。ところが、日本語社会などでは、自分と相手との□□内外関係を細かく意識し、それを言葉で、ワタシ、ボク、オレ:アナタ、オマエ、オタクなどと表現するのを特徴とする。これはアジア諸語に少なからず見られる傾向である。 

ヨーロッパ諸語の人称代名詞はなぜ単音節語なのか  

ヨーロッパ諸語の人称代名詞が単音節語であるのは、使用□□が高いためである。使用□□が高いものほど、短くなる傾向がある。英語の“I”は、英語の全語彙のなかで最も多く使われる言葉である。

日本語の人称代名詞が多音節なのは、それ程用いられないためである。日本語の代名詞などの人間関係用語は、上下親疎関係を敏感に反映するので、あらぬ誤解を避けるために、なるべく用いないに越したことはない。

試みにみなさんは、この一ヶ月でYouにあたる日本語を何回使ったろうか?

手紙の宛名の敬称

手紙の宛名の敬称は、相手に直接送り届けては失礼という気持ちから生まれた。「様」は、漠然と方向を示すサと接尾語マが結合した言葉である。「殿」は、その人に直接ではなく、その人が住んでいる御殿にあてて送るという気持ちを表したもので、現代では、□□□などが正式に送る手紙に使う。

「足下」は相手の足の下へ、「殿下」は御殿の下へ届けるという謙遜の気持に始まっている。「御中」は、直接その人に出すのではなく、おそばの取り次ぎに人々の中へ差し上げるという気持に由来し、現代では会社などの組織に送るときに用いる。 

申す:謙譲語・□□語  

「申す」という語は「言う」の謙譲語である。謙譲表現と言うのは、<謙遜して譲る、つまり自分の動作を低くすることで、相手を高みに上げ尊敬する表現>である。したがって、自分を低くするために用いる言葉である。

 しかし、若い人の間では、謙譲の意味は先細りで、「先生がそのように申されました」のように□□語として、「おっしゃる」の変わりに使われるようになってきている。

話題の事柄についての敬語=□□語 

日本語の敬語は、@相手に対する敬語と、A話題の事柄(物、人)についての敬語、に二大別される。

「おい、先生が来やがったぜ」という表現は同輩に向けられている。しかし「先輩、先生が 来やがりました 」となると、話し相手の先輩に敬意をこめての表現となる。

話題の事柄(=先生)への敬意を表したいときは、「おい、先生が いらっしゃった ぜ」(同輩に対して)、あるいは「先輩、先生が いらっしゃい ました」(先輩に対して)となる。

ところで、「おハンカチをなくしてしまったわ」という文において、「おハンカチ」は自分に属するにもかかわらず、「お」をつけるのは、「おハンカチ」が話題の事柄であり、話題の事柄に敬意を表わしたいからだ。

「ちょっとおたずねしますが」という場合の「おたずね」も自分の動作である。それにもかかわらず「お」をつけるのは、いま話題にしている事柄なので、大事なものとして扱い「お」をつけるのである。このようなオは、□□語と呼ばれる。□□語の「お」は、もともとは天皇に関することにかぶせる「御」であった。

「お」は現在ではそれと意識されないものもある。「おいしい」ももともとは「いしい」であった。「おめでとう」も「めでとう」であった。「御味御付」の「御味」は味噌、「御付」はご飯に並べて付ける汁、ということから味噌汁のことであった。 

敬語をそれ程使わなくなったのは、人間関係の変化による

敬語は上下の力の差によって、生み出される。仲間同志の会話で「先生がいらっしゃったよ」といったような敬語を使った会話が見られないのは、□□の変化により、若者が昔ほど、上下の力の差を認めなくなったためであろう。 

《解答》 

苦労さま 失礼  勉強 よろしい  感謝 役職 上下  頻度 官公庁 丁寧 美化 社会

《問題》 

  • 「友達」と”friend”とのちがいについて、かんがえてみてください。
  • 「先輩」「後輩」について、かんがえてみてください。
  • その他、上座、下座;領収書の「上」様;双子の兄弟;上京;上りと下りについてもかんがえてみてください。

Reference:水谷修『外国人の疑問に答える日本語ノート』1-4 ジャパンタイムズ 他

                                 

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