アメリカを歩く  2

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外国人は誰しもがアメリカに足を踏み入れると、アメリカと自国とを無意識のうちにくらべてしまいます。日本人にとって、アメリカを歩くことは、日本を考えることです。画像を多用してアメリカを点描します。また、若い諸君と共に英語についても考えて見たいと思います。文中英語、カタカナ語を多用します。
  • 8割の完成度でアップロードしており、常に修正再構成中です。
  • 【記号「^」は、直前の文字にアクセントがあることを示します。[リムジ^ーン]は[リムーン]と発音します。
  • メール→桑原政則 kumaken@tiu.ac.jp
  • アメリカを歩く 目次   01  
カルピスはなぜ、Calpico? (#024,2003年10月)


英語では、音節末の"l"は、[ウ]にきこえます。

    appleは[ア^プー]、
    Seattleは[シア^トー]

となります。


Calpissは[カウピス]となり、cow pissと誤解されます。そのため、外国ではCalpicoに変装しています。

アメリカ一大きなマイマル君 (#023,2003年8月)

Paul Bunyan(画像)(ポール・バニヤン)は、怪力無双のlumberjack(木こり、ラ^ンバージャック)です。アメリカ民話の英雄、巨人です。

▼その巨人ポール・バニヤンよりはるかに大きな人物がアメリカにいました。タツノオトシゴ(竜の落とし子、sea dragon )に似たマイマル君です。

▼Mimal君は、
Minnesota(HP)
Iowa(HP)
Missouri(HP)
Arkansas(HP)
Louisiana(HP)
にまたがる巨人です。

▼Mimal君の右側をミシシッピー(Mississippi)
川が流れています。1783年までのアメリカはミシシッピー(Mississippi)川まででしたから、Mimal君がアメリカ人になったのはそれ以降のことです。

Mississippiは、ss、ss、ppの前後に i が来るだけのspellingなので、おぼえやすいです。長さは約4000キロです。】





マイマル君から右側の紫が1783年までのアメリカ
www.kellycodetectors.com/ ordering.shtml

【@マイマル君よりもさらに巨人を発見。後日@】
サンフランシスコの鳥瞰(ちょうかん)図(#022,2003年9月)

▼右の黄色の枠内が市街です。

point of interest(みどころ)は次です。

J= Japantown (英)  【@後述@】
F= Fisherman's Wharf フィッシャーマンズ・ワーフ(英)  【@後述@】
C= China Town(英)  【@後述@】
U= Union Square(英)

市街をガンガン歩くと上をはじめとした、サンフランシスコの地勘がつきます。つかれたらバスがあります。今回は、チャイナタウンの

▼金門橋は、ゴールデン・ゲート・ブリッジ(Golden Gate Bridge)といいます。金門橋の左側が太平洋です。

▼オークランドへの橋が、Bay Bridge(ベイブリッジ)です。サンフランシスコはサンフランシスコ湾を囲んで発展しています。

▼大サンフランシスコ圏には、オークランド市(Oakland)やバークレー市(Berkeley)なども含みます。

バークレー

Berkeley[バ^ークリ]は、U.C. Berkeley(HP)のあるところです。ヒッピー、ベトナム反戦、ホモ、ゲイ、環境保護など、ここからはじまりました。世界を変えるマチです。

ホームレスもここからはじまりました。ここのホームレスは貫禄があり、自信を持っています。Telegraph 通りが本拠です。【@あとで写真、文@】

何でもありのマチなので、Bizzarekeley[ビザ^ークレイ]といわれたりします。bizzare[ビザ^ー]とは、「風変わりな」という意味です。

【@補遺:University of Californiaについて@】

オークランド

オークランドでは3日に1人が殺されています。私はサンフランシスコ到着日、オークランドに泊まりました。ベイブリッジに車が入ったところで、パトカー4台が小型トラックを追跡のためにベイブリッジの交通を遮断しました。ドラッグ容疑者が手錠をかけられていました。



大サンフランシスコ圏

▼パトカーに呼び止められたら、両手でハンドルをにぎったままにします。警官は一人なので(みんな、こわいのです)、こちらが内ポケットなどに手を突っ込んで免許証を出そうとしたら、射殺します。ガンを取り出そうとしたと、おもいますからね。

▼空腹をいやすためにバーガーキングまで歩いていったら、8時なのに店内は真っ暗、ドライブスルーだけの営業でした。夜は危険なので歩かないのです。自動車の中だけが安全です。

オークランドは、市の資格がないというわけで、Oaktownと揶揄(やゆ)されています。

▼翌日は、オークランド・レイダーズ(HP)の試合がありました。彼らは、荒くれ男集団、今だけに生きる刹那グループというような感じです。だから人気があるのです。raiderとは、「突撃隊」という意味です。【@写真@】

誰にでも来る陪審員任命書 (#021,2003年9月)

▼アメリカには陪審員(juror、ジュラ)システムがあります。陪審員任命書は国籍にかかわらずきます。陪審員は、アトランダムに選ばれます。

▼私はこれで2回選ばれました。 陪審員任命書に5日以内に返信をしないと、出廷可能とみなされます。当日欠席の場合には、contempt of court(法廷侮辱罪)に問われます。法律社会アメリカの一面です

▼陪審員任命書は、3頁にわたります。次のような要旨です。


KUWABARA MASANORI殿

「貴下はオレゴン州法廷の陪審員に選ばれました。つきましては、10月2日にメドフォード市司法局の陪審員室までご参集ください。…」

2003年9月5日  オレゴン州裁判所



オレゴン州裁判所からの陪審員任命書


12 Angry Men(12人の怒れる男たち)は、陪審員の映画です。1987年にアメリカで見ました。

陪審員のヘンリー・フォンダが、父親殺しの容疑をかけられている少年の無実を論理的に解明してゆく映画です。

暴力シーンもない白黒映画ですが、12人の陪審員が、緊迫した雰囲気の中で白熱の討論をかわしていくのが印象的でした。


陪審員任命書の一部


(#0,2003年月)