ベトナムの川柳   1996年作

   ベトナムのページ 

聡明な顔

《端正で 聡明な顔 あちこちに》


ベトナム人はどこからきたのか?かつて揚子江の南には、越とよばれる民族が住んでいた。越はいろいろの部族からなる非漢民族の総称であった。 中国に残り住んだ者は、中国人となった。これらの中には日本へ移り住んだ者もいるはずである。広東などに住んでいる者が日本人などと似ているのはそのためである。

 百越の中のモン・クメール系(カンボジア人)がホンハの下流域に進出した。さらにそのあと、百越の中の タイ系の集団が進出し、そこでモン・クメール系と交わりベトナム人ができあがった 、といわれる

千年の北属

《千年の 北属に耐え フランスや アメリカまでも 打ち負かし》


ベトナムは、 中国に1000年支配され 、フランスに80年間植民地化され、アメリカとは15年間の戦争を勝ち抜いてきいた。みずからをドラゴンの末裔(まつえい)と称し、誇り高い民族である。

ドラゴン

《ドラゴンは 国のシンボル 水を呼ぶ》


ベトナム人はみずからを、 ドラゴンの子孫 であると誇りに思っている。メコン河口デルタは、Nine dragonsとよばれている。龍は、水田に必須の水を、よびよせてくれるシンボルである。

《ベトナム人 我、竜の子と ほこりもつ》      

ベトナム人はベトナムの地形が竜の形に似ていることから自分たちがその子供であると、信じ、誇りを持っている。


《戦いに 勝ち続けた ドラゴンの国 》     

ドラゴンの末裔と称しているベトナム人は戦後、あらゆる戦いに勝利してきた。日本占領下から独立し、ホーチミンを中心に反仏、民族解放独立運動を展開し、北ベトナムは独立に成功する。のち、ドミノ理論を率いてきたアメリカとのベトナム戦争に屈することなく、アメリカ軍を撤退させ、南ベトナムを取り戻した。ベトナム人こそ真から強い民族でさすがドラゴンである。

《ベトナム人 誇りのドラゴン Tシャツに》     

ベトナムでは龍は自分たちの祖先だと思っている。世界地図がよく売られているのもベトナムの形が龍に似ているからである。又Tシャツを売るのが好きであるから龍をプリントしたTシャツも結構多いのではないだろうか。


《おらが国 ドラゴンだぞと 自慢にし》


ベトナムの地形
は、ホンハデルタとメコンデルタを両端とする天秤棒の形だが、ベトナム人は 龍の形 であると誇りにする。神話では、ベトナム人は、龍の子孫である。

ホーチミン

《ホーチミン ベトナム人の神・仏》


ホーチミンは、ベトナム人にとって神・仏である。 どのお札もホーチミンの肖像 からなる。どの街にもホーチミン博物館がある。

《ホー廟で ホーさん さぞや苦笑い》


ホーチミンは、ホーおじさんと親しまれている存在なのに、ホーチミン廟までつくられ、安置され、さぞ苦笑いしていることだろう。ホーおじさんは、自分の死後なにも飾ることはない、と言い残した。


カオダイ教

《カオダイは ごったに宗教 モーゼから 釈迦にキリスト 孔子に老子 ユーゴに李白 さては孫文》


カオダイ(高台)教は、他の宗教を排除することなく、よいところを取り入れた 東南アジア的な多神教 である。多神教のことを西洋ではアニミズムといって低い宗教と見なしているが大きなまちがいである。多神教には一神教の排他性はなく、 共生の思想 がある。

カオダイ教の僧侶は、赤黄青白黒などのあでやかな色彩の僧服に身を包んでいる。本道の入り口には、孫文とビクトル・ユーゴがベトナムの予言者に書を捧げている絵が飾ってある。その絵には次のような文句が記されている。「 God, Humanity, Love and Justice. Dieu et Humanite, Amour et Justice. 天上天下 博愛正義」。

ブランド志向

《ベトナム人 ブランド志向 どこまでも》


ベトナム人は、極端なブランド主義で、流行に弱い。 バイクはホンダのドリーム 、家電はソニー、自動車はアコード、時計はセイコー、チョコレートはネッスル、チーズはカマンベールときめている。

ゆっくり横断

《ベトナムの 道路 ゆっくりそろりと 横断し》


ベトナムのオートバイ、自転車はブレーキが甘かったり、きかなかったりするので、急に止まれない。 まわりを見ないで、一定速度でゆっくり横断 すると、適当に歩行者を避けてくれる。

あふれるパワーに信号機や交通のマナーが追いつかない。信号無視が多く、一方通行の逆走もある。バイク同士の接触や衝突事故が多い。タクシーは安く、初乗り50円で、ホーチミン市ではどこへ行っても500円をこえることはない。

散髪屋

《鏡かけ さあできあがり 散髪屋》


路上の電信柱や塀に鏡をかけると、路上の散髪屋ができあがる。法律では一応禁止されているが、安いので利用する人が多い。どこからともなくやってきて、塀に鏡をかけて商売を始める。

アオザイの乙女

《黒髪を 風になびかせ アオザイの 乙女ゆったり 自転車をこぐ》


ベトナムで一番魅力的なのは、アオザイであろう。アオザイとは、長い(ザイ)、ころも(アオ)という意味である。アオザイは2世紀前に、中国に対抗した民族服として考案された。上着の脇が腰の上まで切れているので、細身の体によく似合う。透ける素材なので、下着には気を使う 。ネグリジェのようであまりにセクシー なので、革命政府は堕落服として、廃止を考えたことがあったが、すさまじい抵抗にあってかなわなかった。清純なイメージの白のアオザイを女子学生の制服にしている学校が多い。 道理で、ベトナムでは、男子学生の成績が悪いわけだ。

《ベトナム人 誇りのドラゴン Tシャツに》   
  
《ベトナムの 民族衣装 アオザイは 女性の美貌 きわだたせ 》 

ベトナムの民族衣装のアオザイは、女子学生の制服にもなっていて、そのデザインはベトナム女性のスタイルの良さをいっそう際だたせ、しろいアオザイは非常にさわやかでまぶしかった。


《アオザイを 着ている女性は みなスリム 》      

みんなほっそりしているからこそアオザイがよく似合っうらやましい。

《ベトナム人 誇りのドラゴン Tシャツに》     

《アオザイの 名モデルには 小学生 》  
    

有名なベトナム女性の民族衣装、アオザイは、とても美しいものであり、細いベトナム女性によく似合うが、地元の小学生では白いアオザイが制服になっているらしい。これはわざと人々にみてもらうために決めたことらしいが、観光客はかわいい白いアオザイ姿の小学生たちを見物しに小学校門前に集まるそうである。観光ツアーでも名スポットとなっているそうで、バスで観光客を小学校前まで連れていくそうである。


ベトナム女性

《温厚で 粘り強くて 勤勉で》


 ベトナム女性は、控えめで、芯がしっかり している。「おしん」のようである。小柄で華奢なのに、力持ちである。市場でものを売っているのは、圧倒的に女性である。

冷蔵庫

《冷蔵庫 電気なければ ただの箱》


ベトナムでは、食堂でも電気冷蔵庫をおいてないところが多い。 停電が多く 用をたさないからであろう。湿度が高く、物が腐りやすいので、出された物がおかしいと感じた場合には、口にしない方がよい。

ベトナムうどん

《フォーたべて さあ一日が はじまるぞ》

フォーは ベトナムうどん である。ベトナム人はフォーを朝から食べる。脂こくなく、胃にやさしいので、 朝食によい

サイゴン

《サイゴンは ドンコイ、レロイに ハムギだよ》


ホーチミン市(旧称サイゴン)の中心部は、ドンコイ通り、レロイ通り ハムギ通りを結んだ三角地帯である。ベトナム人は、東南アジアでは 手先が異常に器用 なので、スリの手口も芸術的だ。この地帯には、身障者を装った スリも出没 するので注意しよう。

ハノイ

《どんよりと むしむしびより 今日もまた》


ハノイは三方を川に囲まれた湿地帯
にあり、湖や池が多い。少し大雨が降ると、町中に水があふれる。いつもどんより、むしむししている。

ホアン・キエム湖

《ハノイっ子 ホアン・キエムに 夢たくし》


ホアン・キエム
(還剣)が、 ハノイの中心 であり、ハノイの心である。多くの文人がホアン・キエム湖を詩に読んだり、絵に描いたりしている。 ホアン・キエム湖は、真っ赤な火焔樹の咲く6、7月が、もっとも絵になる。

地図

《ベトナム人 地図を売るのが お好みだ》


よその店先を借りたタバコなどの物売り台でも地図が陳列してある。Tシャツにもベトナムの地図入りの物を売っている 。ベトナム人は、読書好きで、地図好き であるようだ。


バイク

《ハノイでは バイク自転車 ごっちゃごっちゃ 》     


ベトナムの映像を見ると交通がめちゃめちゃであり、信号無視は当たり前といった風体である。ベトナムでは、信号の存在価値は皆無に等しいのである。

《カブに乗り ベトナム街道 まっしぐら 》 

ベトナムの交通事情は、自転車とバイクが多くていつも混雑している。そのような中を走るには、脇見をしないでまっすぐ前だけを見て走る必要があるので「まっしぐら」という表現を用いた。

《ホーチミン バイクシクロの 大洪水 》      

ホーチミンは、バイクやシクロがたくさん走っていて、洪水のようだ。

建設ラッシュ

《どこみても 建設ラッシュ ビル建ちて おい、ベトナムよ どこへゆく》     .   


どこの国も(もちろん日本も)豊かになり経済発展を遂げたくてその国の独自のものを壊してしまう。その国はそのまま変わらずにいてもらいたいと思うが、すんでいる側のみになれば先進国のように豊かで便利な生活をしたいのは当然だ。日本のよう地に足を着けないまま経済発展を遂げぬよう願いたい。



プチパリ

《プチパリに お花を飾る ベトナム人 》     


19世紀末にフランスの植民地となった歴史を持つベトナムは、現在でもプチ・パリと呼ばれその名残か、ベトナム人は花を飾ることを好む。花を愛でる心は、フランス人が残していった文化なのである。

《みえるのさ 古き日本が ベトナムに 》      

ベトナムの田舎に広がる田舎風景は、まさに、昭和初期の日本、家畜の牛を連れ、手で農作業する人々は優しくて…・そんなベトナムに時間旅行したいものです。


メコン川

《悠々と 歴史を刻む メコン川 》   


雄大に流れるメコン川は、氾濫する事により古くから人々の農耕生活を助けてきたし、周囲で起こっている多くの歴史を見つめてきた事だろう。

《雨を呼ぶ 竜は田んぼの 守り神》    

メコン川の氾濫は、かえって歓迎されるくらいである。肥料をやらなくても稲と魚を育ててくれる恵みの浸水なのである。

 
マーケット

《音もなく 進む小舟は 果物と 笑顔を山積み 明日を夢見て 》    


ゆっくり進む船には元気な人たちが果物を売っている水上市場です。
《道端に 所狭しと Tシャツと 色とりどりの 果物を積む 》    

アジアの人たちのエネルギー源ともいえる市場の様子です。
フエ

《フエの街 気品あふれる 京都かな 》   


フエの街は、美しく、豊かな街で気品あふれている。それはまさに「ベトナムの京都」と呼ばれる。