多元性の国  中国:桑原政則

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198012月 北京,上海を訪れた時の中国印象記です.) 

cf. 桑原(sangT yuan/)式 四声表記法: T / V N

第1声 第2声 第3声 第4声  
ma ma/ maV ma T Nの縦棒は無視
注) 「桑原式四声表記法」と一言添えて、上の表記法をおつかいください。著作権は桑原政則に帰属します。When you use
this method, refer to "Kuwabara's Descriptive Methodology of the Chinese Language Tonal System".
◆ 地域性がはなはだしい中国

 中国が広いのは当然として,おどろいたのは地域差の大きいことだった.「これで一つの国か」というのが実感だった.日本では,政治,経済,風俗習慣,流行などあらゆるものが,整然としたシステムをもって,東京という心棒を中心に回っている感じだが,中国では心棒がたくさんあり,それがどこにあり,何がどこに属し,どこを回っているか,つかみどころがない.  

*中国各省地図JCBUS


 たとえば,同じ漢民族であるのに,北京と上海では,人間の骨格から,ことばや習慣にいたるまでことごとくちがう.北京の人々は長身で脚が長く,歩き方もどことなくどっしりしていて,質実剛健な感じがする.それはちょうど,北京の幅広い道路に威風堂々と,それでいて何の飾り気もなく立ち並ぶ建築物とぴったりの感じだ.乾いた空気,粉食の多い食事とあいまって,北京の文化は男性的な牧畜文化を思わせる.


 それにひきかえ,上海などの南中国は,気候温和で稲作生活に適しており,ひとは北方の質実剛健に対し,軽妙優雅だ.人間も北京人より2センチは小柄で,顔もまるく,日本人と似たところがある.北京から南へきて,なんとなく,ほっとするのは,きびしい北京の天候から解放されたせいばかりではない.上海人は,北京人のように相手をじろりとにらんだりせず,人あたりもやわらかく,てきばきとものごとを処理する.
◆ 漢字の読み方も異なる

 昨1979年の暮,川越に胡美芳という往年の名歌手がやってきた.彼女の十八番は「イェライシャン(yeN lai/ xiangT)」だ.イェライシャンは,夜,花を開き強い芳香を放つ宵待草に似た草花で,漢字では「夜来香」と記す.こゝで注意すべきは「香」は「シャン」とよむということだ. (中国語の表記法と発音のページ)


 ところで,中国の地名ホンコンは「香港」とかく.中国語は一字一昔が原則なのに,「夜来香」の「香」は「シャン」と読み,「香港」の「香」は「ホン」である.なぜこうなるかというと,「夜来香(イェライシャン)」は北京語読みで,「香港(ホンコン)」は,広東語読みだからである.香港は,北京語読みではxiangT gangVとなる.


その昔,国電新橋駅近くに「夜来香」というクラブがあったが,さる著名人がこれを,「イェライホン」とよんでいた.これでは湯桶(ゆとう)読みならぬ北京語+広東語読み,つまりペーカン(北広)読みだ.
◆  北京語と上海語とでは声調も異なる

 北京語と上海語とでは話が全く通じない.このことを中国語では,「鶏と鴨(かも)が話すす」という.北京語と上海語は,発音ばかりでなく,声調(トーン)もちがうのだから通じようがない.声調は北京語では4種だけだが,上海語では7つ,広東語にいたっては9種もある.

 これらの言語間では,発音や声調ばかりでなく,使用語彙もことなる.象徴的な例をあげると,公園で実見したゴミ箱の名称だが,北京では「果皮箱」,杭州ではでは「果売箱」(「売」は「穀」の簡体字),上海では「廃物箱」であった.


 西湖で有名な杭州での案内人は上海人だったが,杭州から上海まで汽車でわずか4時間なのに,彼はこの土地のことばは全くわからないといって,北京語を話せる人としか話しができなかった.


 中国語は,5つの語系に大別される.北京語,上海語,広東語,客家語,さらに福建語がそれだ.これらは英語、ドイツ語、フランス語のようなもので,お互いに通じない.なお,標準語は小学校から全国で外国語のように教えられるので,その普及率は特に若い人の間では高く,また新聞や発誌はどの地域で発行のものであれ,標準語の語彙文法を使用する.
◆ 多国家からなる中国

 中国を理解するためには,中国には雑多な「くに」が依然割拠しているととらえた方がよい.たとえば,中国人は初対面の人に「●国人(ナーゴレンnaV ge ren/)?」ときくが,これは相手がどこの外国からきたかたずねているのではなく,上海からきたのか四川からきたのか,どの地方からきたのかきいているわけだ.(●=口+那)


 また,「十里ごとに慣習がちがう」ということわざもある.このように,中国は多種多様なバラエティを展開しているから,これをはじめから統一的に把握せんとすることは,方法論的に有利ではない.北京市だけでも四国と同じ大きさである. 


 一般に,未知の対象を「分かる」ためには,まずそれを「分ける」ことが必要である.その意味では,ある文化社会への接近をはかるための方法論,すなわち異文化接近学は,deductive(演繹的)なphilosophyよりも,inductive(帰納的)なphilologyに親近性を覚えるものだ.


ともあれ,「分けて」考えることの必要性は,今にいたるも,日本人のいだく中国像に,二つの大きな傾斜があるが故に,とくに強調されねばならない.


 第一の傾斜とは,日本人が中国にあまりに同文同種意識をもちすぎることだ.同文同種意識が危険なのは,中国は何らの予習なしでも,緊張感なしでも,自然にわかるんだという短絡した態度を招来するからである.




 中国は近くにはあるがあくまでも「遠い外国」だ.漢字を例にとっても,ごく平易な口語でも双方では意味の懸隔がある.「走」は“歩く”,「等」は“待つ”,「去」は“行く”ことだ.また「人間」とは“世の中”,「勉強」とは“無理じいする”ことを意味する.「手紙」は“トイレットペーパー”,「湯」は“スープ”,「娘」は“母親”のことである.


 杜甫の「国破れて山河あり,城春にして草木探し」の「城」とは“城壁内の場所→都会”のことで,人口100万の世界一の大都会長安をさしている.長城chang/ cheng/とは“長い城壁→万里の長城”のことである.

日本の「荒城の月」などにでてくる天守閣つきの城とは大ちがいである.なお,中国語のなかには,「哲学」,「科学」,「社会」,「大学」,「図書館」,「共産党」など一致しているのもあるが,これら近代概念語は清末などに中国人留学生が日本からもちかえった日本借用語だから,一致は当然のことだ.


 ともあれ,中国理解のためには,中国をアラブなどの未知の文化社会と等置する意識変革がまず必要だ.実際,中国人はアラブ人に一番近いという人もいる.また,日本人で中国,アメリカの両文化にくわしい人は,異口同音に,アメリカ人,アメリカ社会の方が中国人,中国よりわかりやすいという.
◆中国=漢民族国家ではない 

 次に,日本人の中国に対する第二の傾斜とは,中国=漢民族国家とアプリオリにとらえることの短絡性だ.「漢」のなかのダイバーシティもさることながら,中国を考えるうえで,それ以上に大事なことは、非漢民族の存在、中国が多民族国家であることの認識である.


 たとえば,中国の紙幣を見ると、そこには5言語による表示がある.中国は漢族だけの,漢語だけの国家ではない.かつて,衰世凱の北洋政府は5色旗を用い、

    漢、満、蒙,蔵、回
    カンマンモーゾーカイ
    hanN manV menV zanN hui/

の5族をもって中国を代表させた.蔵はチベット、回は回教徒(イスラム教徒)であるウィグル族のことである. (中国の紙幣 裏側の右下)


 さらに,中国には,これら5族の他に,独自のことばや文化を有する民族が50以上もあり,しかもこれら非漢民族は,国土の半分以上の広範な地域に住む.

 とはいえ,なんといっても,中国の人口の9割以上は漢族が占めているから,中国=漢とわりきって考えて,なぜまちがいだという論もあろう.


 しかし,文化=人口ではない.また,漢文化は漢民族だけがつくりあげたのでもない.そもそも中国最初の王朝である殷(中国では商とよぶ),これにしてからが,純漢民族でなく,異民族との混血部族連合体である.冒述した北方中国人が長身であるのは,騎馬民族との混血の結果であるし,また南方中国人はタイ系などの原住民およびそれの漢人との混血者を祖先とするといわれている.さらに,紀元後の中国史の3分の1の800年間は,北魏(ほくぎ),遼(りょう),金,元(蒙古人),清(満州人)とかいった異民族による漢民族支配史でもある.

要するに,漢文化,中国文化とは,漢族と内外諸民族との合作融合文化,中国料理的ごった煮雑種文化であり,またそれは異族との接触対決により,不断に自己を鍛えあげている文化だといえよう.つまり,「異」と接触し,「異」を包摂することにより太ってできあがったのが,現代の中国文化というわけだ.よく中国文化は,変幻由在,複雑怪奇といわれるが,それは雑種文化であるからだ.その意味では,中国人とは漢族の者をさすのではなく,種族や血に関係なく,漢語を話し漢文明を不断に浴びている人びとのことをいうものだといえよう.


 ついでながら,東南アジアの華人系住民,いわゆる華僑が,現地にすんなり融合しうる原因の一つは,中国国内において不断に諸種族異集団との異文化接触を経験してきているからである.


 以上を要するに,中国を根底的に理解するためには,漢族ばかりでなく,これら諸種の民族にあつい眼を注ぐ必要がある.筆者は,かつて中国における最大の少数民族で,漢族に次ぐ人口を占める壮族(チワン族zhuangN)などのタイ系諸族について学習したことがあり,これら諸族が地下水脈を通し,中国にいかに影響をおよぼし,栄養を与えつづけているかが実感できた.日本人も,また漢人も,中国の多民族性,混血性にもっと関心をはらうべきであろう.